その54

キルトログ、ユグホトの岩屋でオークと戦う
ユグホトの岩屋(Yughotto Grotto)
 堅固なサンドリアを地下から攻略するため、オーク族が人間の奴隷に掘らせていた洞窟。
 しかし、生来短気なオーク族は、途中で飽きてしまい、計画は頓挫してしまったようだ。
(ヴァナ・ディール観光ガイドより)
 ウィンダスは自然の豊富な国として有名だが、その点ではサンドリアも決して負けてはいない。むしろ歴史の深さではかなり格が上だ。これは住人、冒険者を問わず、どのエルヴァーンに聞いてもそうだと胸を張って答えるだろう。

 ただ、同じ緑であるにもかかわらず、ロンフォールの森の景色や生態系は、サルタバルタのそれとはまるで違っている。基本的に平原であり、ところどころに幹の太い
サルタオレンジの木が、すねたように直立している我が祖国に比べ、ロンフォールは低い潅木が連なり、森特有のうっそりとした木立ちの暗さが目立つ。この森がサンドリア人の気質形成に多大な影響を及ぼしたことは疑いの余地がない。自然は人間から多くのものを奪うが、それよりずっと多くのものを与える。だから人は太陽をあがめ、大地にひれ伏し、雨に感謝する。その意味でロンフォールの森はサンドリアの母である。この森が秩序立って見えるのは、王朝誕生以来、あるいはもっと前から、彼らによって環境が守り継がれてきたせいであろう。

 しばらく歩くと、黒く高い城壁が私の目に飛び込んでくる。紅蓮の炎を思わせる鮮やかな国旗が壁面から誇らしげにたなびく。これがエルヴァーンの故郷、
サンドリア王国である。

サンドリア城門 サンドリア城門

 Balltionはためらいなく門をくぐり、後を追ってくる私に礼をする。彼はいんぎんに言う――「ようこそサンドリアへ!」

 門の前の広場から城壁を眺め上げた。この壮大な壁が500年エルヴァーンを守り続けてきたのだと思うと感慨深い。エルヴァーンはいささか盲信的で融通のきかないきらいがあるが、ヴァナ・ディールにおける紛れもない正義の実践者であり、女も子供も士道を尊ぶ。彼らの自信の大部分は母国の歴史の深さに拠っているが、なるほどプライドの礎となるだけのことはある。壁面ひとつからでも、20年前の大戦はむろんのこと、有史以来の幾多の合戦の記憶がにじみ出て、今にも語りかけてきそうな雰囲気だ。

 私とBalltionは時間をかけずに、ホームポイントに触れておいてから外へ出た。向かうは
ゲルスバ野営陣――サンドリア攻撃のためのオークの前線基地である。


 冒頭でウィンダスとサンドリアを比較したが、奇妙なかたちでの相似点は数多い。そのひとつがこのギデアスを思わせるゲルスバである。歩兵だか歩哨だか、見るからに大した実力のないオークがひたひたとうろつき回っているが、我々の強さに恐れをなしてか、まったく手を出そうとはしない。もちろん少しでも組し易しとみるや、集団で襲い掛かってくることは目に見えている。獣人とは本来そうした生き物なのだ。

 ゲルスバの洞窟には
「ユグホトの岩屋」という仰々しい名前がついている。中に踏み込むとずいぶんと幅が広い。ギデアスのそれは鳥人のすえたにおいが篭っていたが、ここは天然の洞窟なのだろう、湿っぽくはあるがさほどの息苦しさはない。奥に人影が見える。むろんこんなところに人間の住んでいよう筈がない。ここからは外を歩いていた下っぱなど歯牙にもかけない手ごわい獣人が数をなしているはずだ。

ユグホトにBalltionと二人で立つ 洞窟の奥に人影が……

 Balltionからゆで卵を二つ貰った。ただの卵ではなく、オオトカゲのそれを調理したものであるから、滋養強壮の効果は折り紙つきである(注1)。力がもりもりと湧いてくるのでなかんずく戦士にはありがたい。ただし落ち着いて立ち止まり、よく味わって食べるのがいい。多くの食物は薬効を持つが、よく噛んで消化されてこそ栄養が身体に満ちてくる。需要の大きいゆで卵は貴重品だし、携帯できる数にも限りがあるから、特に誰かに貰ったとき、慌てて食べようとしてひとつを無駄にすることはない……この時の私のように。

 私が二つ目のゆで卵を口にしている間に、私たちよりもレベルが一段落落ちる冒険者の一行が脇をすり抜けていった。奥にはオークがいる。ギデアスでもそうだが、各個撃破と簡単にいかないのがダンジョンの難しさだ。広さがないためにどうしても複数を同時に相手しないではすまなくなる。したがって、二人で何とか倒せる敵の傍らに、腰ぎんちゃくのように寄り添っている弱いのがいると大変に迷惑する。迷惑するなんて勝手な言い草だと自分でも思うが、事実だから仕方がない。そうした時につっかかっていくのは無謀この上なく、通常は諦めるか、好機を待つかのどちらかになる。

 入り口のオークを何体か倒したあとで、先の冒険者の一行に追いついた。彼らは前方を見据えて苦慮している様子である。屈強そうなオークが二匹夫婦のようにくっついている。強さは片方なら何の問題もないが、二体を同時だと苦しい、といったところだ。これは我々から見たレベルであるから、冒険者一行にとってはもっと状況はシビアだろう。

 Balltionが、片方をやっつけてくれないかな、と独り言をいう。なるほど私たちが夫をやっつけて、彼らが妻をやっつければ帳尻はあう。できれば私たちが強いのを担当するのがいいが、こんにち夫と妻はどっちが強いのだかわからないから始末が悪い。「勝手な言い草だガルカのくせに」と自分でも思う。自分でも思うがこれもやはり事実らしいから仕方がない。

 いよいよBalltionがしびれを切らして、二匹が離れたのを見届けて釣りをしかけた。次の瞬間ぴゅんと弦の弾ける音がして、矢が飛んできた。飛び道具を持たない私は遠隔から攻撃するすべがない。そうするうちに――たいへん結構なことに――二匹が仲睦まじく襲ってきた。私たちは逃げ出した。慌てていたので洞窟の入り口がどちらだか確認する暇がなかった。悪いことに私はゲルスバの地図を持たない。いわんやユグホトをや、である。とりあえず盲目的に走っていたら、さんざんっぱら二匹に殴られた後、Balltionの大声で奥に向かっているのだとわかった。そこできびすを返し、日の光を求めて逃げに逃げた。ガルカは総じて足が遅いが(筋肉を腕と比べれば明らかだ)、Balltionとともに大怪我をしながらも外へ出ることができた。冒険者一行がどうしたのかは私にもわからない。


 さてそこでBalltionがそろそろ時間だというので、きりにすることになった。ロンフォールの森まで連れていってくれるよう頼み、二人してまた駆けた。サンドリアの地図はウィンダスの露店でも手に入れることができる。これでも私は買えるだけの地図はほとんど持っている。オークの本拠地に関する地図が市販されてないのは、まあ当然といえば当然だろう。ウィンダスでそんなものが必要だとは誰も思わないから。

 ロンフォールまでという話だったが、切りがいいのでホームポイントまで引き返した。Balltionはお疲れさまでした、と私に向かって敬礼をする。彼は拳を胸には当てず、合掌するように手のひらを胸の前で向かい合わせる――連邦式の敬礼である。

「ウィンダスに移籍したのです」と彼は言う。
「これから同国人としてどうぞよろしく」

 Balltionが何ゆえにウィンダス人となったのかはわからない。真意を告げないまま、彼はごゆっくりどうぞ、と言って私のもとを去る。私は南サンドリアの広場に一人佇む。このまま街を見て帰るのもいいが、そうするとまた話が脱線してしまいそうな気がする。そもそも私はまだサポートジョブを取るための資格すら手にしていないのである。

 誘惑がないわけではなかったが、サンドリアを見るのはまた今度、と私は改めて自分に言い聞かせ、門から外に出た。その足でラテーヌ高原へと向かう。もともとラテーヌ観光と調査が目的で足を延ばしたのであった。そういえばBalltionが言っていた……東の空にかかる虹のアーチが美しいと。
 せっかくだからその虹が見たい。私は南へ向かって歩き出した。

注1
 ゆで卵はSTR(ストレングス=強さ)が一定時間プラス3となるアイテムで、ヴァナ・ディール中の冒険者(特に前衛ジョブ)に愛用されていました。現在ではバージョンアップにより、この効果が失われてしまっています。
 文中でKiltrogが言っているのは、移動しながらアイテムを使うと、効果が発揮されないどころか、アイテム自体も失われてしまう、ということを注意したものですが、バージョンアップによってアイテムの消滅はなくなりました(とはいえ、魔法と同じで、アイテム使用時には必ず立ち止まっていなくてはなりません)。


(02.09.06)
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