その66

キルトログ、魔法屋の宣伝をする……一方でスリを追う

 私が再三繰り返しているように、サンドリアは武芸者を奨励する気風がある。そのため魔道士は非常に肩身が狭い。むろん冒険者は互いの職業の重要性を知っているが、受け入れ側の認識がそれに追いついていない。具体的に言えば店側の問題である。サンドリアでの魔道士相手の商売は非常に細々としたもので、きちんとした装備を一式揃えるのにも何かと苦労を強いられる。

 北サンドリアのさらに北、サンドリア港の外れに、エルヴァーン姉妹の経営する魔法屋がある。港などというと賑やかそうに思えるが、往来するのは船ではなく飛空艇であり、輸入品や輸出品を扱う倉庫が並ぶので、客になる一般人の数は少ない。魔法屋は地下に伸びる脇階段の扉向こうにあり、怪しいバーもかくやという立地条件である。そのせいで余計に客が少ない。開店休業状態なので、暇だわあ暇よねえと言いながら姉妹は毎日を過ごす。そしてウィンダスで店を開けばよかった、という愚痴を繰り返し、あんたは反対したくせに、と軽い口論を叩きながら次に扉の開くのを待ち続ける。


 鍛錬を順調に積んで7レベルになった私は、何か目ぼしい魔法がないか覗きに行った。だが残念ながら、品揃えは貧弱そのものだった。店にある巻物で足りるのは駆け出しの魔道士だけだと言っていい。私のレベルでもそろそろ用事がなさそうである。こっちはウィンダスのラインナップを知っているから、余計にみすぼらしく感じるのかもしれない。

 この店の主人である姉の方が、私に仕事をしないかと持ちかけてきた。彼女の言うようにここには客がほとんど来ない。冒険者は何とか見つけて訪ねて来るが、一般客が来ることは皆無である。おそらくサンドリアに魔法の店があること自体知らない連中も多いに違いない。そこで店の存在を国民にアピールしたい。とりあえず
ビラを刷ったから、興味のありそうなひとに配り歩いてくれないか、と言う。ただし15枚全部を配り終えて来ない限り駄賃は支払わない、と強く念を押すのだ。私は承諾した。

 何だかウィンダスでも似たような仕事をやった、と思い出した。しかし引き受けたはいいが大変な仕事である。帽子はただ見せびらかして反応を伺えばよかったが、ビラは配ってみるまで相手が興味を示すかどうかわからない。おまけに今度は国中が舞台である。サンドリアは3つのエリアに分かれているから、いちエリア5人をめどに配ればいいわけだ。口で言うのは簡単である。実際には足を棒にして、しらみ潰しに声をかけて回らねばならない。


 とりあえず近場の港から始めることにした。年齢を問わず、職業も問わない。ただただビラを差し出してじっと待つ。順調に終わってくれればよかったが、事件が起こった。港にいた少女に話しかけたとき、ある女エルヴァーンが私に向かって勢いよくぶつかってきた。

 彼女は私に罵声を浴びせた――私の記憶が確かなら、そのとき彼女は自身の名を言ったはずである。それとほぼ同時に、傍らで悲鳴が上がった。衛兵が、
金縁のめがねがない、と叫んでいる。スリだ、捕まえてくれという声が響く頃には、既に女エルヴァーンは影も形もなかった。

 衛兵には任務がある。私用でこの場所を離れるわけにはいかない。だから私がビラを持ったまま追いかけた。いかんせん姿がないので、行く先で人々に尋ねて回る。要所要所にいる衛兵はさすがにプロで、品のない女が――確かにこう言った――走り抜けるのを見た、と各々が証言してくれた。目撃情報を整理すると、どちらの方向へ逃げたか見当をつけることが出来る。

 彼女はサンドリア港を抜け、北サンドリアからも逃げ出し、国の外へ――すなわち西ロンフォールへ出て行ったものらしい。こっそり戻ってでもいない限り、サンドリアにはもういないのだ。ナナー・ミーゴのことをちょっと思い出した。彼女は森の区でのうのうと過ごしているけれど、遺跡の中に隠れ家を持っている。スリ女も同様で、森のどこかにアジトをこしらえているのだろう。そこでほとぼりが冷めるまで待とうという腹に違いない。

 私は単身西ロンフォールを歩いた。森の一部と言っても広い。目標は明確だが、塀の外は確かな証言者に欠ける。彼女がどんな場所に身を隠しているかのヒントはなく、推理してみるしか術はない。

 ひとつ。アジトは東ロンフォールにない。そちらにあるなら南サンドリアへ抜けたはずである。何も森を通って危険な目にあうことはない。むろん追手を撒こうとするなら話は別だが、その可能性は前者よりずっと低いと思われる。

 ふたつ。ラテーヌ高原でもない。ラテーヌはあまりに遠い。大規模な強盗団なら話は別だが、スリのような個人的な泥棒なら、もっと身近なところにアジトを置くはずだ。よってこの可能性は消える。

 みっつ。ゲルスバでもない。理由は何をかいわんやである。

 西ロンフォールから抜けられる場所は、サンドリア王国を除けば以上の三つだ。従って論理的帰結により、スリは西ロンフォールのどこかにいなくてはならない。人間が隠れているのだから、建造物の中、あるいは洞窟の類かもしれない。だとしたら探す場所は限られる。うろつくオークらが骨だが、根気よく探せば、一日か二日あたりで見つけられるだろう。


 私の推理通り、森の中で彼女を発見した。女スリは小さな石造りの塔の中で身体を休めていた。

 私が話しかけると、彼女はそらとぼけて、あんたなんか知らないし見たこともない、と言う。どうしてもアタシがスリだと言うなら証拠を見せてごらん、それがあるならアタシも罪を認めようじゃないのさ、アタシは無実なんだからあるわけないけどね。彼女が自分の名前を高々と告げていったことはきれいさっぱり忘れているようである。

 さて、私は現場の近くであるものを拾っていた。女スリが落としたものに間違いないと思われる。ただし言い逃れなんかはいくらでも思いつけるから、決定的な証拠にはおそらくならない。以前落としたのだ、とか何とか言ったら切り抜けられるだろう。だが彼女はぼろを出した。あっさりと。こういう仕事にもかかわらず、どうも頭が回る方ではないらしい。根が正直というのとはちょっと違う。単純といった方がいいのかもしれない。

 彼女はおとなしく金縁のめがねを差し出した。現物があれば犯人に用はない。レンズが壊れていないのが幸いである。私が衛兵にこれを持ち帰ると、厚く感謝された。聞けば亡き妻の形見なのだそうだ。彼にとっては単なるめがね以上の価値がある。気持ちのいい仕事を終わらせたものだ……もっとも手中のビラの束を見て、すぐさま本来の業務に戻らなくてはならなかったが。

店の内部。カウンター向こうに女ふたり 姉妹が経営する魔法店。
左が店長の姉

 私がビラを誰に配ったのかは内緒だ。必ずしも魔法屋の意図した客層ではないに違いない、ということだけ言っておこう。それでも15枚を配り終えた時には、国中を歩き回ったせいで身体がへとへとに疲れていた。魔法屋は奮発して440ギルをくれた。特別大金ではないが、経営の苦しい中から、私の労に最大限に報いてくれた金額だ。私は満足してその金を受け取り、財布の中に丁寧にしまい込んだ。

 だが帽子の時のように、外国から注文が来るというわけにはいかなかったらしい。したがって、この店にはやはり人が来ない。だから姉妹も相変わらず暇だわあ暇よねえを繰り返している。二人はいつか気づくだろうか。いかに貧弱であろうとも、魔法を始めようという冒険者にとって、専門店がこの国にあることの意味を。彼女たちがウィンダスに越さないところを見ると、もしかしてとうにわかっているのかもしれない。それでもせめて経済的にもう少し報われてほしい。あの鉄扉をながめるたび、私はそう願わずにはいられないのである。

(02.10.05)
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