その69

キルトログ、ランペールの墓に赴く
龍王ランペールの墓(King Ranpere's Tomb)
 ドラゴンスレイヤー(龍殺し)として名を轟かせた、サンドリア王国中興の祖、第24代国王ランペールの墳墓。
 王は瀕死の黒龍と取引し、助命と引き換えに自らの墓守を命じた、とされている。
(ヴァナ・ディール観光ガイドより)
 従者横丁に悩みを持つ墓守がいた。

 彼は龍王ランペールの墓の掃除人だった。ランペールはサンドリアの先々代の国王であり、現在は英霊としてロンフォール南部の墳墓に眠る。墓は彼の死に際して建立された。盗掘を防ぐため、入り組んだ迷路として築き上げられたのはいいが、人間の足が近づかないのを良いことに、獣人が近頃わがもの顔でうろついているという。墓守氏の頭痛の種はそこにあった。

 定期的に供え水をするのが彼の仕事である。職務を全うするのにやぶさかではない。それでも命は惜しい。さすがにゴブリンがうろついていては、近づくことすらままならない。永遠の眠りについた元国王は、これを不忠と捉えたか、毎夜毎晩かれの枕元に立っては、喉が渇いた水をくれと訴える。ゴブリンの群れを突破し、ランペールの墳墓に井戸水を届けること。一般人には無茶な要求だ。冒険者相手ならばいざ知らず。

 そう、そういうわけで私の出番となる。私はさっそく、9レベル前後の仲間を探し始めた。


 サンドリアなら、戦士やモンクはすぐ見つかるだろうと思っていた。実際そう都合よくはいかない。おそらくタイミングの問題もあったのだろうが。

 東ロンフォールに9レベルの黒魔道士がひとりいた。よくよく見たらLeeshaだった。協力を頼んだら、自分はパンダだが構わないかという返事がある。パンダとは隠語である。猫と熊があわさったような架空の動物のことで、その白と黒のぶちの毛皮から、メインジョブとサポートジョブの組み合わせが、それぞれ白魔道士と黒魔道士である状態を指して使われる。

 自分はランペールの墓に行ったことはないが、白魔道士と黒魔道士が一人づつでは、組み合わせとしてバランスが悪いのではなかろうか。私がそう言うと彼女は考え込んで、では自分が戦士に鞍替えしよう、ちょうどレベル9だからと言ってくれる。その言葉に甘えた。後に墓の入り口で落ち合うことにし、二人でそれぞれ東ロンフォールを下っていった。

 路端に道しるべがあって、「南:ランペールの墓場」と記してあり、苦笑を誘う。これは冒険者に協力的なあるサンドリア人が立てたものだが、こうして堂々と場所が記されているからには、国民にとって墓所の位置は公然の秘密なのだろう。盗掘の阻止も何もあったものではない。もっともそんな大規模な建造物が、王国からさほど離れないロンフォールのような場所にあるのなら、秘密にしようとしてもどだい無理な話だとは思うが……。

 私が行軍に手間取り、約束の場所に遅れていくと、Leeshaは剣の握りを確かめ直そうというように、ワイルド・シープを切り捨てている最中だった。


 土地勘がないものが下手にうろつくべきではない。ゲルスバ野営陣同様、先導は地元育ちのLeeshaに任せることにした。

 アーチをくぐると、私の身の丈の3倍はあろうかという、平石を積み重ねた壁面がそびえ、迷路をかたち作っている。私は先日、サンドリアの博徒からここの地図を貰っていた。ただし抜け道の方法までは記していないから、もし一人で来たのだったら、右往左往して道を探さなくてはならないところだった。

 Leeshaは迷わず私を引き連れて先へ進む。すぐに地下へ伸びる階段が見つかり、これを下りると、ホルトト遺跡の隠し通路を連想させる、ごつごつした岩肌の洞窟に着いた。ただあそこほど狭苦しくないし、壁岩が月光でも染みたように青く光を反射しているから、思ったほど暗くはない。Leeshaは、地下に出るミミズ――屹立した回虫のたぐい――は魔法を使うから、用心しないといけない、と私を戒める。しかし洞窟を抜けるあいだ、ミミズにも獣人にもコウモリにも出会わなかった。モンスターどもはいったいどこへ行ったのだろうか?

 少なくない距離を走ったのち、今度は階段を上がった。また迷路になっている。迷路といっても小規模なもので、間違ってもせいぜい行き止まりに着くくらいだが、袋小路には罠のようにゴブリンが待っている。壁面が高いので見通しが効かず、敵影に気づいた時にはたいてい襲われているのが難点だ。ただ、ウィーバーかサグしかいないので何とかなる。Leeshaの言うには、墓の奥へ行き過ぎると強いゴブリンが待ち構えているのだとか。もっともこの一帯のモンスターは、通常夜行性でない生物を含めて、なぜか夜にならないと姿を見せないものが多いと言う。その時ようやく正午になりなんとしていた。なるほどミミズにもコウモリにも出会わなかったはずである。


 ランペールの墓と聞いて、最初驚くほど壮大な規模のものを予想していたが、実際にはさほど大きいものではなかった。ただしそれは、必要以上に華美ではないという意味であって、一国を率いた為政者としては、充分すぎるほど手厚い葬られ方である。龍王と呼ばれるまでの人物だから当然ではあろうが。

 私は約束通り、墓前から
墓守の革袋を回収し、代わりに井戸水を供えた。これで墓守氏がうなされることもなくなるに違いない。

墓とLeesha 龍王ランペールの墓所
洞窟前のLeesha 墓所を過ぎた先にある洞窟。
中には強敵のゴブリンが……

「お墓へ来ても、ここを通り過ぎて、先へ行ってしまう人が少なくないのです」

 Leeshaが言う。さもありなん。盗掘を防ぐのに、この構造も一種の罠として機能しているのだろう。
「先へ行ってみますか?」

 断ればよかったのだが、好奇心がうずいた。今まで大したゴブリンに出会わなかったから、遠目にでも強敵が見れたら、という思いがあったせいもある。

 墓所の先には、明らかに人工のものとわかる洞窟が、四角い口を開けていた。Leeshaがこっそりと中へ忍び込んだ。私も続いた。眼前にぼんやりとした影がある――獣人だ。安全な距離をとったまま近づいてみると、
ゴブリン・アンブッシャーだとわかった。私は震え上がった。アンブッシャーはバルクルムやブブリムを徘徊しているような強敵である。我々二人がどんなに頑張っても勝てる相手ではない。時刻を確かめたら、ちょうど宵の入り口だった。最悪の事態になる前に退散した方がよさそうだ。私たちは後退を始めた。

 もう遅かった。

 ゴブリン・ブッチャーが、洞窟の入り口を守っていた。心臓が縮んだ。さっきまでいなかったのに、とLeeshaが悪態をついたが、いるものは仕方がない。アンブッシャーよりも若干弱いようだったが、どうせかなわないのだから大した違いではない。朝になるまで見つからずに済むとは思えなかった。それは次の瞬間に証明された――ブッチャーがLeeshaに切りかかってきたのだ。こうなったら腹を決めるしかない。彼女は剣を抜き、私は魔法の準備を整えた。

 ケアルをかけられるだけかけ続けた。魔力はすぐに尽きた。獣人は挑発をかけたLeeshaだけを集中して狙った。彼女の体力は恐ろしい勢いで減ってゆく。ふと、救援が呼べないか、と考えた。そういえば、さっき冒険者の姿を見かけたように思う。ちらりと目にしただけだから、その人に仲間がいるのか、強いのかまではわからない。もし我々と同じ程度のレベルなら見込みはないが、賭けてみる価値はあるように思えた。

 女神の祝福を使うと、私たちの身体に力がみなぎった。私に出来ることはもうない。それでもゴブリンはLeeshaだけを狙っている。私は助けてと声をあげて、彼女に救援要請をするように告げた。Leeshaは手間取った――それが命取りとなった。

 ゴブリンがとどめの一撃を喰らわせ、彼女が倒れたその直後に、ヒュームの剣士が駆けつけてブッチャーを切りさばいた。「ここは12レベルでも手ごわいのがいるから、注意しないといけない」とは彼の助言である。哀れLesshaはひとり街に復活し、ロンフォールを駆け抜け、再び墓へと走りながら、私の空しい謝罪の言葉を聞くはめになった。


 合流後、もう私たちは、あの洞窟に入らなかった。迷路をぐるぐる回り、機械的にゴブリンをたいらげた。話すことがなくなるまで戦ったのち、王国へ戻って別れた。全身が疲れていたから、モグハウスで泥のように眠った。もっともLeeshaの疲労は、私の比ではなかっただろうが……。
(02.10.15)
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