その70 キルトログ、エレメンタルの恐ろしさを知る
着物を一新して西ロンフォールへ出た。南の方に騎士の泉という小さな水たまりがある。この近辺でリバー・クラブを狩っていると、目の前でシーフのタルタル氏が、縫い針のような剣を振り回しながら野生の羊二体を相手にしていた。戦士であった頃なら、一匹に挑発を仕掛けたろう。今は違う。魔力の尽きるまで彼にケアルをかけ続けた。戦闘後にタルタル氏は一礼して去ったけれども……どこかで聞いたことのある名前のような気がした。Steppen? 知り合いだっただろうか?
覚え書きをめくって思い出した。Balltionとのギデアス行から戻った直後、再びFanaticruneらと引き返したときのメンバーだった。お互いに記憶のポケットに入っていたものと見える。その旨を彼に話して、二人とも謝罪したのだけれども、思えば、単独行を好み、知人の少ない私ですら、既に何十人の冒険者と行動を共にしている。数々の交流の記憶を心に留めておく自信はあったのだが、現実問題として難しくなっているようだ(私より経験の深い人はもっと深刻だろう)。 その意味では、こういう手記をつけていることは幸いである。覚え書きとしては無論のこと、公表もしているから、読者と思しき人から時に激励の声を頂いたりする。そうした言葉にはとりわけ勇気づけられる。ともに冒険に出るだけが交流ではない。人と人との関係は金では買えない。特定の友人との強い友情も素晴らしいが、同業者との一期一会(いちごいちえ)もそれに劣らず尊いものだ、と私は思う。 そろそろラテーヌへ出ようと思ったので、仲間を探すことにした。ただ大手を振って参加希望を出すのははばかられた(注1)。不注意な人が、ガルカだとはつゆ知らず、白魔道士だからと声をかけてきて、断るに断りきれず、ずるずると仲間にする、そんな可能性を考えてしまったからだ。ガルカの魔力ではとうていパーティ全体の回復を賄うことは出来ない。半端な赤魔道士だと認識して貰えればありがたいが、半端なだけ当然声はかかりにくい。これが現実だ。 私がパーティに加わるとなると、他に回復の出来る人がどうしても必要だが、タルタルやヒュームの白魔道士などは、一人で全体を難なくカバーできる。私が補佐する余地はない。従って理想的なのは、私と同じような、不得手ながら回復魔法の修行を志す者、エルヴァーンかガルカ、あるいはヒュームの赤魔道士と一緒になることだ。この組み合わせを母体として、必要を見ながら前線の人数を増やしていけばよい。 そう思ってエルヴァーンの白魔道士に声をかけたら、断られた。今から休むから、というのが理由だが、そう簡単にことは運ばないようである。 私の仲間になったのは、Corron(コロン)というタルタルの赤魔道士だった。レベルは11.サポートジョブはまだつけていない。 Corronと西ロンフォールの、アウトポスト前で待ち合わせた。彼女には仲間がいた。同じくタルタルのPorron(ポロン)で、こちらは11レベルのナイトである。Corronはまだ経験が浅いので、Porronがいろんな知識やノウハウを教えているようだった。本当の兄妹とは思わないが、それに近い関係に違いない。何よりも名前の相似がそれを物語っている。 私は彼女らと出会って愕然とした。Corronの魔力が私を完全に凌駕していたのである。私の限界のゆうに2倍以上はあった! 才能、この場合は器量だが、生まれ持った違いの大きさを改めて思い知った(注2)。かりそめにも専門家を名乗っているのが恥ずかしくなった。道理でパーティで歓迎されないはずである。 私が正直な感想を述べると、Porronは 「ガルカは体力があるじゃないか」 と言う。そして二人で合点合点をしている。タルタルは、周囲が思うほど脆弱ではない。私はそう思うのだが、彼女ら自身の実感は違うのかもしれない。それとも私に対する慰めのつもりだったのだろうか。 11レベルが3人とあれば、どんな獲物が適切だろうか。Porronが答をはじき出した。 「アクババがいいだろう」 アクババとは、ラテーヌとタロンギに生息する野鳥である。群れになるとロック鳥のように手ごわい。だが単独ではカモになる。私たちはPorronに指揮を任せて進んだ。5レベルの戦士サポートがあるので、挑発を使えるのは彼のみである。 滞りなく高原に入ったが、同業者の数が多かった。獲物を探すのにもひと苦労する。アクババの如き鳥類は、浮かんでいるから目立つ上に、ばさばさと羽音もうるさく、二重に見つけられやすい。2、3羽を倒したが先が続かず、業を煮やしたPorronは、標的をシックシェルに切り替えた(注3)。これは甲殻類の一種である。早い話がカニだ。ラテーヌにも騎士の泉のように、規模は小さいが清水の湧き出る水たまりが存在し、シックシェルはその付近に生息する。料理人を志すPorronは、鍛錬のついでに、カニ類が時に内含している岩塩も収集したい意向であるらしい。むろん私たちに何の異論もない。
人の多い状況で、湖の周辺も無人ではなかったけれど、私たちは調子よくカニをたいらげていった。地表のを狩りつくしてしまうと、二人は退屈をもてあまし、水辺をくるくると走り回る。岸からは、私の腰が埋まるくらいまで踏み込むことができるが、タルタルは完全に水面の下へ沈んでしまう。透明度の高い湖に、タルタルが入れかわり立ちかわり潜っては出てくる姿は、何だか滑稽だ。彼女らは全身が濡れるのにも頓着しない。私は遠慮していたが、そのうちに雲が広がってきて、滝のような雨が降り出した。座って回復している私もとばっちりを食って、結局ずぶ濡れになってしまった。 新しいシックシェルが湧き出たのを機に、狩りを再開した。雨は続いている。私がケアルを詠唱した直後、突然Porronが絶叫した。 「ウォーターエレメンタルだっ!」 エレメンタルを覚えておられるだろうか。超自然の生物、エレメンタル族の正体はまったくわかっていない。奴らは属性に準じる天気の日に現れる。風の強い日にはエア・エレメンタルが、雷の日にはサンダー・エレメンタルが、灼熱の日にはファイア・エレメンタルが、そして豪雨の日にはウォーター・エレメンタルが。奴らはみさかいなく襲ってくるわけではない――近くにいる者が、魔法を使ったり、食事をしたり、ウェポンスキルを発動しない限りは。これらの行為にエレメンタルは過敏に反応する。刺激を受けた奴らは、強力な攻撃魔法を次々と放出しながら術者に襲いかかる! 私は必死に身体を動かした。何とか詠唱を中断させて、魔法を発動させまいとしたのである。エレメンタルは正確に何に反応するのか? もし呪文そのものなら無駄な努力だが、魔法が効力を発揮する、その時の波長に反応するのであれば、詠唱の中断で事態を回避できるかもしれない。 だがこの行動の成果は知れなかった。というのは、Corronのとった行動――魔法だったか、ウェポンスキルだったかは失念したが――に、エレメンタルが刺激を受け、標的を変えたからだ。Corronは明らかに、この透き通ってはいるが、粘っこく渦を巻く、不定形の生命体に関して、何の予備知識も持たなかったのだ。私たちがどうすることも出来ないうちに、彼女は打ち倒された。 Porronと私は離散し、ロンフォールの森を目指しながら、覚悟を決めた。束になってもかなうような相手ではないのだ。だが突然に、雨がはらりと止んだ。雲が去り、日光が戻った。さながら、いけにえを一人得たことで満足するかのように、エレメンタルは私たちの目の前であっさりと消滅した。 遠くサンドリアに戻ったCorronに謝罪した。自分に大したことが出来たとは思わないが、私のケアルが引き金になったようなものだったから。悪いことに、Corronはひどく意気消沈していた。Porronがなぐさめ、エレメンタルについて注意を与えたが、強大で理不尽な力に押し流されたときのショックは、すぐに払拭するのは難しいものだ。結局Corronはそのまま、モグハウスで休むから、と言って離脱してしまった。申し訳ないが二人で冒険を続けて下さい、と言い添えて。 我々はどうするか思案したが、メンバーが事故で切り離されてまでも続けるべきだとは思わなかった。確固たる目標を持ち、犠牲者をいとわない状況――貴重な宝物を求めて迷宮の奥地に潜るとか、そういう特殊な場合ならまだしも、今回はただの鍛錬の一日に過ぎない。何もなかったことにして続けるには罪悪感があった。Porronにとっては自分の友人だ。なおさらそう思うことだろう。 そういうわけで、私たちは内なる声に従って、サンドリアに戻って来た。パーティを解散した直後、Corronから連絡が入った。冒険は続いてますか、というのだが、挨拶のつもりだったらしい。もうPorronは休んでいる。私は詳細を言わず、ただ先ほどの謝辞と、一緒の時間を過ごせて楽しかったということのみを彼に伝えた。 注1 冒険者(PC)は、任意にパーティ参加希望の意志を表明することができます。 パーティコマンドを開き、参加希望を選ぶと、自分の名前の上に、緑色の宝珠に似た参加希望マークが浮かびます。これは「パーティに参加したいので誘って下さい」という印です。全人口(その時点で同じサーバーに接続している人数)の、ほぼ5%程度が常時希望を出しているようです。 誰が希望を出しているかは、サーチして一覧を見ることができます。もちろん希望を出しているからといって誘われるとは限らないし、希望を出していなくても直接お誘いが来ることもあります。 注2 我々が才能と呼ぶものには二つの側面があります。素質と器量です。 素質とは、特定の分野に対して、人が短期間でどれだけ成長できるかを表します。成長弾力性といってもかまいません。素質の高い人は、一を聞いただけで十を知る、と言えばわかりやすいでしょうか。 器量とは、特定の分野の限界値を指します。素質は低いが器量の高い人は大器晩成型、その逆は早熟型と言えるでしょう。 経済学者の岩田龍子氏は、才能とは、前述の二つに能力(現時点で発揮できる実力)を足したもの、と説明しています。Kiltrogが文中で「器量」といっているのは、この説に準じているものです。 注3 Thickshellとは、「厚い甲羅」という意味だと思いますが、固有名詞かもしれません。どなたかご存じであればご教授下さい。 (02.10.19)
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