その71

キルトログ、迷子の父親を探す

 南サンドリアでよく知られた、微笑ましい話である。配達少年ラミネールは、この界隈では知らぬもののない孝行息子だ。

 ラミネールの父親は、5年前に死んだ。女手ひとつで彼を育てた母は、重度のダボイ肺炎にかかり、一日中せきが止まない。生活費は要る、薬は高い。だが彼女は働けない。そこでラミネールは、毎日
槍兵通りを走り、配達の手伝いで収入を得、家計を助けている。通りを歩いていたら、しばしば彼の元気な声を聞くことが出来るだろう。「配達です!」「はい、ごくろうさま」

 親子の絆はガルカには無縁だが、こういう話を聞くと、少し羨ましい気がしないでもない。ただ家族のありようは、種族によって変わる。国によって変わる。地域によって変わる。家々によって変わる。中には、端から見ると滑稽だったり悲痛だったりするものがある。私もこの国でそういう例を見た。以下に語るのは、いまだに後味の悪いある日の記憶である。


 北サンドリアの閲兵場に、迷子の少年が一人あった。

「私は子供が苦手だからさ」と、遠巻きにこの少年を見ていたミスラが言った。「あんた、何とかしてやってよ」

 少年は人目をはばからず、広場の中央に立ち尽くし、両手で涙をぬぐい続けている。ガルカが子守りに最適だとは、私は思わない。他種族の子供は、この巨体を見て怯えることがあるからだ。ミスラの方がむしろ得手なのではないか。不満を覚えたが、スターオニオンズとの付き合いを思い出した。少年がタルタルほど物怖じしないでいてくれれば、慰めることくらいは出来そうである。

 神経過敏の状態にある子供には、下手に刺激を与えてはいけない。ヒュームはよく言ったものだ。「泣く子と地頭には勝てない」


迷子の少年が泣きじゃくる

 幸い彼は、思ったより落ち着いていた。その冷静さに少し感心した。
 彼の名は
アイルベーシュ。今日は軍人の父親と連れ立ってやって来た。凱旋門を潜る辺りまでは、父と一緒だった。父は非番だが、自分の職業に誇りを持っており、さすがに兜まではかぶっていないが、休日でも鎧を身につけている、云々。

 父親の名までは聞き出せなかったが、充分だろう。私のするべきことは明らかだった。当直場所に立たず、鎧を着ているエルヴァーンの男を捜せばよい。場所は限定されているし、ビラ配りよりも簡単そうだ。遅くとも、夕暮れまでには見つけ出せるだろう。


 迷子の息子があるのに、探しに来る様子がない。ということは、何らかの理由で、足止めを食っている可能性が高いと思われる。
 父親は武器屋にいた。私も以前見たことがあった――同じ場所で。その時も彼は、カウンターの向こうに並ぶ剣や槍を、ねめつけるように見ていたものだ。店の人が、彼がしょっちゅう来ているらしいことを話していた。どうやら武器マニアらしい。男なら武器に興味を覚えて不思議はない。サンドリアのような土地ではなおさらだ。だが同国人さえ辟易するところを見ると、いささか病的に過ぎるようである。これで毎回財布の紐を緩めるようなら、店側の感想も全然違っていたのだろうが(商売人にとって、ケチは一級の犯罪なのだ)。

 私が迷子の息子について話すと、彼は礼を述べた。だがその場を去ろうとしない。仕方ないからアイルベーシュのところに戻った。ほどなく父親が迎えに来た。

「あ、お父さんだ!」

 ラテーヌの天候のように、彼はすぐさま泣き止んで、輝く笑顔を取り戻した。だが父親は、優しい言葉をかけるでもなく、抱擁で迎えるでもなく、とつぜん厳しい口調で息子を叱り飛ばした。これには私もびっくりした。

 父親はまず「たかが迷子」で泣いたことを叱った。エルヴァーン男子として、人前で醜態を見せたことを叱った。公平に見て、この仕打ちはあんまりだと思った。理性より感情の勝るのが子供だ。保護者と離れれば不安になる。不安ならば泣く。コミュニケーションの手段が発達していない子供は、激しい感情をおもてに出して気持ちを伝える。当然だ。子供はもともとそう出来ている。理性で制御できないからといって、それが彼らの罪になるわけではない。

 だが父親は反論を許さない。対して私には厚く礼を言うので、たいへん居心地が悪い。いっそ悪態でもついてくれた方がましである。父親は私への礼として、
ヤナギの釣竿を差し出した。これは少年の手から取り上げたものだ。少年が一向に泣き止まないことに業を煮やした彼は、しまいに勘当を言い捨てて去ってしまった。こんな教育があるものか、と憤慨したが、彼はもういない。おそらくまた武器屋へ行って、存分に刃を眺め続けるつもりだろう。

 泣きじゃくる少年と私が残った。1時間前と変わらぬ光景である。もう誰も迎えに来ないだけ、余計に始末が悪い。少年はお父さんお父さんと繰り返すばかりで、私が差し出した竿を受け取ろうともしない(注1)。なす術の無くなった私は、そっとその場を離れた。今となれば、父親の態度が表向きのもので、真意は別にあったことを祈るのみである。


注1
 バージョンアップ後に返却できるようになりました。


(02.10.22)
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