その73

キルトログ、名もなき山でソーセージを焼く


 バストゥークに来て早々、ヒュームの子供たちに煩わされた。

 ある金持ちの子にカードを渡されて、国内の要所要所にいる特定のガード(守護兵)にスタンプを貰え、と命じられたのだ。
スタンプカードはどうも社会見学を目的とした国のレクリエーションらしいのだが、肝心の子供たち自身には、当然のように本来の意図が無視されている。彼らはすでに、「冒険者に頼めば楽」という嬉しくない知恵を身につけている。かくして、大のおとながハンコ目的に走り回るのだ。あるガードに言わせると、「最近は冒険者ばかり来る」のだそうである。

 自称「未来のファッションリーダー」にも悩まされた。ヒュームの女の子、
ブリジッドには、今の装備を散々にけなされ、ローブにブロンズザブリガを着なさい、と「忠告」を受けた。噂では彼女は誰に対してもそう言うらしい。ザブリガは半ズボンで、感覚としてはほとんどビキニパンツに近い。その上からゆったりしたローブを羽織ったのでは、コーディネートも何もあったものでないが、言う方も言う方なら着る方も着る方である。ブリジッドはグローブをくれて、これを重ねると完璧よ、と言ったのだが、こんな下半身のすうすうする格好を続けるのはごめんである。彼女には悪いが、ザブリガは街の道具屋に二束三文で売り払ってしまった(一方グローブはありがたく私の両手に収まっている)。


 バストゥーク滞在は久しぶりだが、街並みの様子や、冒険者が多く商業区に集うさまなど、何も変わっていないように見える。この国でいちばん面倒なことも不変だ。外国人は、シグネットをかけて貰うために、いちいち大工房をリフトで上らなくてはならない。大統領府を中心に領事館が立ち並ぶ姿は、美しく勇壮だが、せめて実利主義が外観の美しさと歩調を合わせてくれれば言うことはないのだが。

 幸い大工房にも仕事の種が転がっている。二階の職人食堂には、
ハングリー・ウルフという名の常連客がいて、私にガルカン・ソーセージの話を聞かせてくれた。
 この腸詰は、その名の通りガルカ族の伝統料理らしい。もっとも秘伝であるらしく、ハングリー・ウルフも作り方を知らない。この話をヒュームの友人
オッファに聞いて以来、彼は食べたくて仕方がない。「とんでもなくうまかった」というのが友人の感想らしいから、これでは飢えた狼でなくとも興味をそそられて当然である。
 オッファは大工房の勤め人だが、勤勉な方ではない。顔を出していないから自宅にいるのだろう、とガルカが言う。なので商業区まで赴いて話を聞いてきた。このヒュームはとんでもない怠け者だったが、会話の内容は興味深かった。彼の言う方法――簡単だが危険、危険だが簡単――を試してみようと、私はさっそく南の門からグスタベルグへと歩を進めた。


 南に山がある、という話は、灯台裏の冒険のくだりでお話ししたと思う。実は山はもう一つある。
ヴァンプの丘ほど大規模でも著名でもない、そこから南東――灯台寄り――に位置する、そもそも名前すらない小さな丘。
 夜にここを上がると、焚き火の明かりがぽつねんと、周囲のわずかな地面だけを照らしているのが見える。周りにいるのは、昼夜を問わず思い思いに行動する羊たちと、ゴブリンたちの見張り。危険というのはこの獣人たちを指す。一人で行動するなら、少なくとも3体を倒せるだけの実力を身につけていくことだ。幸い私はその資格を満たしていた。

 棍棒で殴り殺した死体を後目に、キャンプ・ファイアに近づく。用意してきた大羊の肉を――周りから調達しても差し支えないが――串ごとその炎に突っ込む。これがオッファの教えてくれた方法である。このまま24時間待てばいい。それよりわずかでも短くてはいけない。この炎にはある種の魔法が作用しており、通常必要とされるずっと手の込んだ過程を省略してくれる。なぜここの炎だけがそれを許すのかはわからない。断定するには根気よく実験を重ねる必要があるだろう(それはもはや冒険者ではなく、学者の仕事である)。


キャンプ・ファイアの隣りにたたずむガルカ。 魔法の焚き火

 完成までじっと待って過ごせというのは拷問に近い。暇を持て余した私は、名も無き小さな丘を降りて、隣りのヴァンプの丘の探索に出かけた。ただ、それすら半日で終わってしまったが。

 群がるゴブリンどもを倒し、ひたすら山頂を目指した。南の山に石碑はない。かわりに頂上に立っていたのは、ずっと簡単な、私の背丈ほどの石塔であった。石が四つ積み重なっている。何のためにあるのかわからない。後日同じような石塔を北グスタベルグの道脇で見つけた。宗教的な意味を持つと考えるが自然だと思う。もしかして道祖神のたぐいかもしれないが、これを必要としているのは人間か? あるいは獣人なのだろうか?


四段積みの石塔 頂上に石塔が。宗教的なシンボルか?

 一日は(意識して待つなら)思ったよりずっと長い。が、肉を置き去りにして遠くへ離れるわけにはいかない(注1)。私はゴブリンを相手にして、ひたすら夜が戻るのを待った。キャンプ・ファイアに戻ってみたら、ちょうどいい頃合だ。ガルカン・ソーセージの出来上がりである。

 調子に乗ってもうひとつ火の中に突っ込んだ。さらに一日を待つほどの根気はない。ただ、時間が来るまで休んでいるつもりだった。何者かに肉が奪われる危険性は、かなり少ないと判断したゆえである。
 羊が共食いを好むとは考えづらい。ゴブリンに強奪されたという話もきかない。冒険者は心配いらない。生焼けの、出来上がってもいないソーセージを、いったい誰が取ろうとするだろうか? 愚かな考えかもしれないが、同業者の良心への期待もあった。まあ何が起こるにせよ、私がこうむる損失は、大羊の肉ひとつ以上には決してならない。そう考えたら気が楽になった。私は休み、そして、頃合を見計らって復活して、この秘伝料理をもう一つ手に入れることが出来た。


 できあがったそれを私はさっそくハングリー・ウルフに持っていった。彼は腹が減った腹が減ったを繰り返している。ソーセージには目を輝かせ、ひとつ300ギルも出して買い取る。なるほど源氏名の通り、オッファが「食い物に目がない」と評していた通りである。食材を集めている貴婦人と並んで、彼はバストゥークでも大口の「スポンサー」の一人である。とりわけ、これだけの賃金を得るのに24時間を惜しまない冒険者たちにとっては。

 ハングリー・ウルフに対し、何か不満があるとしたら、肝心の味のほどを説明してくれないことだ。ここにもガルカが一人いることを忘れてもらっては困る。
 何だか私も、ガルカン・ソーセージが食べたくなってきた。


注1
 24時間待っている最中に、エリアの境界線を越えると、仕込んだ肉は消えてしまいます。したがって、隣接する地域(バストゥーク、北グスタベルグ、ダングルフの枯れ谷)のいずれにも移動することはできません。
 ただし上の記述にあるように、一度ログアウトし、地球時間でほぼ一時間後に再接続して、無駄な時間をやり過ごすことは可能です。

(02.10.26)
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