その74

キルトログ、幻の宝石を手に入れる

 詩人は、『蒸気の羊』亭にいた。

 この酒場はバストゥーク港の、飛空艇着き場より扉を出てひとつ階段を上ったところにある。贅沢な飛空艇を利用する客は少ない。従って、一階の酒場は人の数も目立たない。詩人のテーブルの近くには、商人の姿も見える。思えば彼からは、バストゥークに初めて来たとき、甲羅の盾を目印にして、客人を出迎えてくれ、と気安く頼まれたものであった。
 私は詩人に話しかけた……
セイレーンの涙について聞きたいのだが、と。

 彼はゆっくりこちらを振り向いた。

詩人カルメロ(酒場内) 詩人カルメロ

 詩人の名は
カルメロという。まだ若いようなのに、どことなく物悲しい雰囲気を持った男だ。彼は有名人である。もっともそれは、彼の詩作の才能によるものではなく、セイレーンの涙を手に入れる方法を知っている、ただ一人の人物という点においてであったが。

 
 セイレーンの涙とは、幻の宝石である。鉱山区にいる宝石の収集家が、ぜひ手に入れたいと切望してやまない宝物だ。

 幻とは言いながら、どこで見つかるのかははっきりとわかっている。北グスタベルグの山脈から流れ出る川口に、時折流れ着いて、きらきらと光っているという。時折というくらいだから、既に何度も目撃はされている。場所を知ること自体はたいして難しくもないわけだ。

 問題はそれが入手できない、という点にある。誰も、この七色の雫をすくうことが出来ないのだ。確かにすくいあげたつもりでも、両手の指の間から、いつの間にかこぼれ出てしまうのだそうだ。収集家はいろんな人物に入手を依頼したが、自信満々なやつほど失敗し、打ちひしがれて帰ってきた。成功したのはただ一人だけ。それがカルメロ。彼がそれを成し遂げたことを皆が知っている。だがどうやって成功したのかは誰も知らない。

「君が剣を手にした血を欲す戦士なら……」
 カルメロは言った。
「セイレーンの涙は、グスタベルグの川を流れ続けるだろう」

 ご存じのように、私はチュニックを身にまとい、片手に杖を持っている。だが彼の言うのはそうじゃない。これは比喩だ。詩人と予言者の一部はレトリックを過剰に弄ぶものだが、その基準からすれば、カルメロの返答は滑稽なほど率直に思えた。こんな調子である。

「たとえ永遠でなくてもかまわない。ひと時だけでも戦いをすてる意志を、グスタベルグのセイレーンに示すのだ」

 
 バストゥーク港の北門より出でて西、山脈を貫く川がこうこうと流れている。シュヴァル川に比べると勢いが急だ。透き通った水に見えるが、鉱毒を含んでいるため飲用に適さない。そこで水中に光るものを見た。私はそちらに歩を進めた。

 セイレーンは海に住む魔女だと聞く。半人半鳥の妖怪で、美しい歌声で船乗りをおびき寄せ、死をもたらす。のちに美声の部分が強調されて、音楽家の代表とみなされるようになった。こうした話は伝承に過ぎないが、詩人がその涙を最初に手に入れた、という事実は面白い。何百と訪れた人間の中で、セイレーンはカルメロただ一人に心を許したのだ。

 私はその輝きを両手ですくった。だが、いつの間にか光はこぼれ落ちた。下を見たがもうない。そこで沿岸を歩いて、別の場所に同じ光を見つけ、再びすくってみた。同じことだった。変わったのは私の立つ位置くらいである。

 そんなことを二、三度繰り返して途方に暮れた。戦いを捨てる意志とは何なのだろうか。思い出せ、カルメロは言葉を飾らなかった。私はいぶかしみながら、杖と盾を荷物の中へ押し込み、鎧を脱ぎ、半裸になった。クゥダフに襲われないか心配になったが、私が示せる意志はこれがせいいっぱいだった。(注1)

 セイレーンの涙をすくった。輝きは、私の手のひらの上に残っていた。
 宝石収集家は、この宝石を150ギルで買い取った。


 カルメロは「もう取ってくることはできない」と言った。必要があるなら、何度でも川に入れたはずだ。だが彼はそうしなかった。詩人は許された。だが彼はその証を金に替えてしまった。カルメロは、セイレーンの信頼を裏切ったのだ。おそらく彼の詩人の魂は、彼の中で一度死んでしまったのだろう。

 入手方法がひとたび知れたら、詩人の目的であった言葉の城はもろくも崩れて、単なる手段に過ぎなくなる。そこには芸術のかけらも残らない。寂しいことだが、私にはそれでも良かった。世の中に不思議の絶えることはなし。思えば冒険者は皆そうではないか。我々は、現実というふるいを越えて、なお残るものを探している。だからこそ冒険者は、鎧や盾に身をかためて、汗や血にまみれてもなお、新しい未知を求めて、荒野を行くのではなかったか。

「それが僕にとってひとつの終わりだった」
カルメロはそう言った。
「君にとっては始まりになるかもしれない」

 終わりでも、始まりでもない、と私は思った。
 それは自分にとって、ただ道の途中に過ぎない。

注1
 このクエストを成功させるには、両手の武器をはずす必要があります(鎧まで脱がなくてもかまいません)。

(02.10.26)
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