その81

キルトログ、パルブロ鉱山に再び挑む


 私は戦士に戻った。直ちにこの国を去ってもよかったが、頼まれごとがいくつか残っている。中には修行中の白魔道士にではなく、バストゥークでささやかな名を為したキルトログ個人に対しての依頼もあった。こうした頼みを袖にするのは私の本意ではない。やるなら全力を出す必要がある。むろん白魔道士ではなく、19レベルの戦士に戻ったキルトログ個人としてである。

 鉱山史研究家のエルキは、いまだに『コウモリのねぐら』亭に留まって調べものをしている。旅の目的は墓参りだけじゃない、と彼は言う。彼の曽祖父が残した日記によると、鉱山開拓者は10人ではなく、どうも11人いたようなのだ。最後の人物については正史に手がかりがない。150年も昔のことで事実関係を洗うのも難しい。鉱山区にいるからにはウェライにも話を聞いたのだろうが、十分な成果は得られなかったに違いない(バベンが彼を追い返したのは明らかである)。エルキが石碑に刻まれていたV・O氏の話に強く魅せられるのはわかる気がする。いかに霞のようであろうとも、それは彼がつかんだほとんど唯一の手がかりなのだ。

「パルブロ鉱山の中に何か残っているかもしれない」と彼は言う。そこはエルキが決して行けない場所でもある。
 私は兜の緒を締めなおしてあの恐るべき鉱山へ向かった。


 パルブロは、ヒュームが史上初めて開拓した鉱山として名高い。それまでのガルカに依存するやり方をすて、火薬技術を用い――成功した。それはヒュームの栄光であると同時に、この国に暮らす二つの種族の複雑な歴史の始まりでもあった。

 パルブロで行き止まりとなる北グスタベルグの東部には、行き来する冒険者が少ない。少し寄り道をして臥竜の滝を見てきた。崖の上からの眺めは絶景である。滝壷を覗くといかに高さがあるかを実感する。川に沿った道が馴染みの橋の下を交差しているのが見える。あそこへはどうやって行くのだろう? どこかに秘密の入り口があるのかもしれない。時間があれば探索してみるのも悪くないだろう。


滝を上から見たところ 崖下にいたる道は

 パルブロ鉱山に着いた。爬虫類特有の湿ったアンモニアのにおいが篭っている。随所にクゥダフの姿を見かける――うようよと。奴らはこちらの実力、正確には奴らと私の実力差を熟知しているので、敢えて襲ってくることはない。それでも薄い暗がりの中に、等身大の亀が大勢うろついているのを見るのは、よい心地がしない。空気のように私を無視するのが逆に不気味だ。せめて一瞥なりともくれ、何がしかの反応を見せた方がよほど敵らしい。もっともこのような非人間さが獣人を獣人たらしめている大きな要素には違いないが。

 パルブロ鉱山は3つのフロアに分かれている。各階を違える階段のようなものはなく、迷路のようにくり貫かれた坑道を辿るうち、知らぬ間にのぼりの道をたどる。そのため階が変わったことすら気づきにくい。その点、地図のフロア区分は便宜的でない。せめて道標のようなものを立てて、目印を作ってくれたら理解しやすいのであるが。
 この辺りをさんざんに歩き回ったが、時々思い出したように襲ってくる、腕自慢のオニキス・クゥダフや
グレーター・クゥダフがいるくらいで、大した発見があるわけではない。生態系の面では、湿気を好んでか、カッパー・ビートルを多く見かけた。ケーブ・ファンガーは相変わらず気持ち悪い生き物で、節足を蠢かせながら数体に囲まれる場面は想像したくもない――たとえ、今では斧の一振りで倒せるとしても。

リフト。手前にランタンがかかっている 3階まで直通のリフト。足元にレバーがある

 私はとうとう3階に上がった。ここからは趣がずいぶんと異なる。ツェールン鉱山で見かけたような石造りの区画された部屋が続く。1階の奥にはリフトがあり、乗り込んで少々固いレバーを引けば3階まで直通である。もっとも2階を通り抜けてこれを利用するには――その逆も然りだが――たいへんな大回りを強いられそうだ。残念ながら地図の一部が焼け焦げて確認できないので、乗り場と2階とを繋ぐルートは結局わからずじまいである。

 3階の各部屋にはクゥダフが数匹ずつ篭っている。奴らは愚鈍で個々の強さはまるで取るに足りないが、いかんせんお互いの距離が近いので、一人で戦うには大きく不利である。部屋は扉で仕切られておらず、隣りからも救援がやって来る。通常だと練習相手にならないような亀も調子に乗って武器を振り回す。慎重に戦い、部屋をひとつひとつ移る。そのたびにしっかりと回復措置をとる。遅々として進まない。そうでなくても何を調べればいいかまるでわかってない。こんなところまで来て何だが、そもそも150年以上の年月を経てもなお、求める答が残っている可能性だって非常に疑わしいのである。エルキが私に望みを託した気持ちはわかる。だが彼の希望に添えず空手で戻ることも考えに入れねばならない。

 部屋には時々、扉の代わりに格子がついているのを見かける。もしかしたら開くのかもしれないが、不用意に動かして隣りの獣人を招き入れたくない。ある場所で私はクゥダフ2匹を倒した。そこはこれまでとは一風違っていて、横倒しになったねこ車や土砂の堆積が見られ、まだ活発に鉱山が機能していた頃の遠い面影を偲ばせる。地図で見たところでは、格子の向こうは同じ形の細長い部屋である。小広い広間を仕切って二部屋にした感じだ。その格子の前に、年代ものの古びた箱が転がっていた。


奥に格子 格子のある部屋

 壁向こうのクゥダフに気づかれぬよう私はそれを調べてみた。過去の鉱山技師だちのツール・ボックスである。中には11の小箱があった。一つ一つが個人の持ち物であるらしく、おもてに逐一名前が書いてある。相当時代を経たものだったが、スペルを確認することができた――Vigilent Owl。工具箱の持ち主の名前であると思われる。

 手がかりを掴んだ、と私は汗ばんだ拳を握った。この工具箱が、確かに150年前のものであるかどうかの証拠はない。だが11という数、V・Oのイニシャルと、断片的な符合は偶然とは思えない。信じるには充分な根拠だ。少なくとも1世紀半前の出来事に関して、これ以上を望むのは贅沢というものだろう。


 私は慎重に下山し、工具箱をエルキのもとへ持ち帰った。彼はそれをしげしげと眺めた――興味深そうに。そして箱をひっくり返した。底面には、先刻は見落とした6つの文字が並んでいた。
「これは名前でしょうか?」
 彼がそれを読み上げたとき、

 ――私は、11人目の真実の全てを悟った。

(02.11.07)
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