その82 キルトログ、11人目の真実を知る 偏屈な老人がいた。彼は自分の役を、路傍に転がる石のような、孤独で無害な老人だと考えていた。彼をそのように見ない者は、全てはねつけた。そのように見る者とは、接点すら持とうとしなかった。彼は世界を拒絶していた。人生の終わりが近づいても、彼は一人だった。彼自身が強く望んだのだ。だから彼は、誰が、どのような言葉をかけても、以下のような素っ気ない態度を見せて追い払うのだった。 「何だね? こんな老人に、用などないだろう……」 だがその日は、いつもと勝手が違っていた。3人も訪問者があったのだから。
私はバベンに、V・O氏の話をした。 「ヴィジレント・アウル?」 大したもので、彼は全く表情を変えず、いつも通りの哲学で私を立ち去らせようとした。 「そんな者は知らんな……帰ってくれ」 そのとき、ずんぐりした人影が扉からひょこひょこと入ってきた。ウェライと同居している子どもだ。確かグンパという名前だったことを思い出す。大人びた態度をとることで、ガルカ連中からは生意気だと思われていたが、ガルカの子どもに慣れぬ冒険者たちから見れば、ずいぶん神秘的で謎めいた存在だった。 「バベンが昔のことを話さないのは、そのせいだったのか」 グンパは言った。 「150年前の話でしょ? もう隠すのはやめたらどう?」 老人が渋面を作った。 「ガルカには二つの名前がある」グンパは続けた。 「種族本来の名前と、呼びにくいので、ヒュームがつけた名前……バベンは、ヴィジレント・アウルって呼ばれてたんでしょ? 以前話してくれたの忘れないよ」 「余計なことを話すガキだ」 バベンは吐き捨て、戸口に感じた気配に「誰だ」と怒鳴りつけた。彼よりは随分小柄な人影、3人目の訪問客が、ゆっくりと部屋の中に進んできた。その顔が暗がりに浮かぶのを見て、バベンは驚嘆の声をあげた。 「オムラン? 馬鹿な! ヒュームの寿命は100年にも満たないはずだ!」 「オムランは私の曽祖父です」 エルキは堂々と立った。これがバベンの敗北となった。世界を拒絶した彼は、ガルカ以外の人類が、血を分けて子孫を残すということ――そして、それは時に驚くほどの外見の相似を伴うこと――を忘れていた。エルキの前でそう口走ったことで、彼みずからV・Oとの関連を認めてしまったのだ。 もはや、ただの老人を演じることは不可能だった。 「曽祖父は、貴方のことを忘れていませんでした」 エルキは言った。 「幼い私に、詳しいことは教えてくれませんでしたが、10人の開拓者の話をするときは、いつも寂しげでした」 そうだろう。仲間が一人、歴史のはざまに沈んだのである。今やその彼だけが生きているというのも、思えば皮肉な話だった。 「運良く自分が何かを成し遂げたとしたら、それは自分が出会いに恵まれたからにすぎない」 バベンはつぶやいた。その青い目は、エルキの姿を通して、遠い昔を見ていたのに違いない。 「おぼえておけ、オムランのひ孫よ……当時のヒュームたちには、誇りが必要だった。自分たちの力で鉱山を開拓したという名目の、だ。そのためには、彼らには不必要なものがあった。それが私だった……それだけのことだ。発展や名声という名のもとの犠牲だ」 「違います」 エルキが激しく首を振った。 「曽祖父は名声などを欲したわけではない!」 しかし、10人は英雄となった。彼らはヒュームの持つ可能性の象徴となった。私は思った……バストゥーク人が常に前進しようとするのは、自分たちがいかに無力であるかを、歴史的に知っているからではないのか。だから彼らは、前しか向かなかったし、今もそうしている……かぶりを振りながら。それは大人ではない、幼な子の態度だ。バストゥークの文化が未成熟だとはよく言われる。もしかしたら、それは積み上げた歴史の長さとは直接の関係がないのかもしれない。 「それ以上言うな」 バベンがおしとどめた。エルキの息がしぼんだ。バベンは友人のひ孫を悟すように続けた。 「ガルカとヒュームは同じ時を生きられぬ。我々の目にうつる世界も、また別のものだ。 だが……だがな。 私は信じているのだよ。あのとき、無心にミスリルを求めた我々は、同じ時を生き、同じ世界を見つめていた。私にはそれで充分だ。他の者が何と言おうと関係ない。私はそのことを知っているし、信じている。……オムランのひ孫よ」 「はい」 「我々の過去を確かめるより、今同じ時代を生き、同じ世界を見つめられる絆を確かめることだ」 「……わかりました」 幸せにも、同じ空の下、何万人という人間が、自分と同じものを見つめていることを、私は信じていた。 エルキは頭を下げ、静かに扉から出て行った。 私と、グンパと、バベンが残った。誰も久しく無言だった。空気を始めに破ったのは、三人の中で最もおしゃべりな子どもだった。 「難しいこと言って、おっぱらったもんだねえ……」 グンパは腰に手をやって、バベンの顔を覗き込む。 「ふん、お前がややこしくしたのだ」 老人につかのま漂っていた感傷は消え、皮肉な調子が戻って来た。こころなしかいつもより口が回ってはいたが。 「何が話してくれただ。だいたい、お前に昔話などした覚えはないぞ」 「そうだっけ? じゃあ、ウェライが話してくれたんだよ」 飄々としたものだった。「ああ、ボクも行かなくっちゃ!」 グンパが出て行った。バベンが頭を下げた――私は驚いた。彼が人にこうべを垂れることなど、おそらくここ何年も無かったに違いない。 彼は道具箱の謝礼をくれた。私の鎧によく似合う、業物のスモールソードだった。戦士だからと気を利かせてくれたのだろうか。 剣を受け取ると、既にバベンは他人の顔に戻っていた。 偏屈な老人がいた。彼は自分のことを、路傍に転がる石のような、孤独で無害な老人だと考えていた。 彼の望みは、静かに余生を送ることだった。彼の中にある、悲しみも楽しみも、人生の終わりに弔われるはずだった。彼はガルカだったから、思い出は地下へ埋められなかった。それは彼が旅を終えて、新しい人生を踏み出したときに、跡形もなく離散するはずだった――永遠に。 ここに一冊の歴史書がある。ヒュームの10人が、パルブロ鉱山を開いたのだという。それが第一歩となり、バストゥークはわずか150年で、ここまでの地位に上りつめたのだ。彼らが英雄視されるのがわかる気がする。 協力者? ヒュームの栄光を疑う理由は、私にはない。 (02.11.07)
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