その86 キルトログ、シャクラミの地下迷宮へ挑む(2) 現在は灰色でかさかさした印象しかないが、大昔タロンギ一帯は水源地帯だった(注1)。シャクラミはもと地下水の通り道である。まさかその名残りではあるまいが、暗くじめじめとした印象で、こうした日陰にはつきもののコウモリが、ぱたぱたと騒々しい羽音で私たちを歓迎した。 迷宮に入ってしばらくすると少し広い場所へ出た。天井に大きな穴が空き、光の輪が下りている。その小劇場の中心には古代生物の骨が横たわる。メイズ・メイカー(注2)という岩虫が幾匹も頭をもたげて、その間を大した実力のないゴブリンどもが、いかにもぬし然とした態度で歩き回っていた。 Chrysalisが岩虫を指差して言う。 「鍛錬をひとりでするなら、あれをお狙いなさい」 一般にミミズと俗称される生物はそう強くない。移動に難があるので近接戦に弱く、多少自分よりレベルが上でも狩れてしまう。特にここのメイズ・メイカーは絶好の敵である。入り口に近いこともあって10数レベルのパーティの標的になっている。もっともその場合、周囲をうろつくゴブリンどもにはじゅうぶん注意する必要があるが。 奴らを意に介さないChrysalisの後ろについて、私は第一の洞窟を抜けていった。
奥に進むと意外な生き物が大量に繁殖しているのに気づいた。ブブリム半島で見かけた肉食の芋虫、カーニバラス・クロウラーである。 天井の穴はここからも随所に散見できた。シャクラミはタロンギからブブリムの地下を抜けている。だとすれば虫はあの穴から落ちてくるのだろう。そうChrysalisに言うと、なるほどそうか、それは考えもしなかった、という返事が戻ってきた。 それにしても、地上ではちらほらとしか見かけないこの虫が、いかにずっと湿気に恵まれるとはいえ、5匹から10匹がかたまりになるほど繁殖しているとは、いささか異常ではないのか? 個体が迷い込んでくるにも限度がある。巣窟のようになっているからには、豊富な食糧が必要である。果たして奴らは何を食べているのだろう? 「餌にはこと欠かないでしょう」とChrysalisは笑って、不気味なユーモアを披露した。 「冒険者はおおぜいいるから」 なるほどそうだろう、と返事をして、薄暗い地下洞窟のなか、ガルカふたりで腹を抱えて大笑いした。 洞窟の随所に、奇妙な繭のようなものを見かける。ひねくれた流木を組み合わせたような代物で、雪国で作るかまくらのような形状をしている。人間が出入りできるほどの穴が空いているが、往々にして、中で見かけるのは「生者」ではない……。 グールがシャクラミにいるとはChrysalisに聞いていた。死者はこの特性の棺に収まっている(ときどきゴブリンが入っていることもある)。アンデッドが徘徊するのは特に不思議ではない。芋虫は腐肉、あるいは生の肉(!)を主食とする。ここにはグールのみならず、ワイト、ウェンディゴという同系列の化け物が出現するが、それらは皆クロウラーの食べ残しであると考えていいだろう。何となれば、みな骨と浮かばれない魂から出来ているのだから。 それにしても骨系アンデッドがみな長身なのはどうしてだろう。我々は転生するからまあよいとして、小柄なタルタルや猫背のミスラが素材になってもよさそうなのだが。だいいち化けて出るのはミスラの専売特許ではないか。何しろ半分猫なのだから(冗談!)。 エルヴァーンのアンデッドというのはいますよ、とChrysalisが言う。私も小耳に挟んだことがある。何でも同種族の墓場に動く骸骨が出没するらしい。ただシャクラミの骨はやはりヒュームのものであろう。とりわけ数が多いヒュームは、死後の世界でもいぜん主役をはり続けているようだ(これも冗談!)。
地下迷宮というと、人為的な工作物であるように響くが、前述したようにシャクラミは天然洞窟である。ただしグールの繭、石を積み上げた柱、天井からの光を取り囲むストーン・サークルなど、明らかに人の手になるものがちらほら目につく。古代人の仕業という解釈もあるが、仕掛けがずいぶん原始的だから、おそらくはゴブリンどもか、海賊のような外道どもの仕業であると考えられる。 私は当初の目的も忘れて、Chrysalisの剛力をいいことに、珍しいものに目を留めては立ち止まり、あれこれ仮説を立てたり、一人で納得したりしていた。だが第一にせねばならぬのは瑠璃サンゴの入手である。Chrysalisが注意を促してそのことを思い出させた。 「ここです」 その広間には、相変わらず密集しているクロウラーと、タルタルくらいなら片方のはさみで持ち上げられそうな、巨大な黒いさそりがいた。このメイズ・スコーピオンは獰猛で、えもの――すなわち冒険者――を見るなり襲いかかってくる。とんでもない強さで私ごときでは到底かなわない。無論Chrysalisはひとひねりである。彼は業物の長弓を取り出して、きりきりとサソリ目がけて的を絞った。 ずばりという音がして、矢が勢いよく突き刺さると、サソリは恐ろしい俊敏さでChrysalisに跳びかかった。だが、彼はあっさりとこれを討ち取って人類の偉大さを示した。ふと周囲を見渡すと、卵のような化石岩が壁面に幾つも見受けられる。Chrysalisがその一つを指差す。私は片眼鏡を取り出してこれを覗いた。岩肌がきらりと光る。瑠璃サンゴだ! 慌ててそれを摘み取った。ようやくこれでナナー・ミーゴとの、ひいては政府との約束を果たすことが出来る。
近くでは相変わらずゴブリンどもがうろうろしていた。Chrysalisがこれを手に入れた当時は、今よりずっと大変だったと言う。獣人は個別には大した敵じゃないかもしれない。だがサソリとゴブリンの両方を避けながら岩を探るのは至難の業であろう。私はChrysalisの協力に大いに助けられたけれども、もし目的の場所をしっかり把握した上で、注意力を発揮すれば、私と変わらぬレベルの者でも瑠璃サンゴを入手できることだろう。特に壁面に沿っていくよう注意すれば、敵に気づかれずに通過できる可能性は決して低くない。 私の用事はこれで終わった。奥へ行ってみますか、とChrysalisが誘う。彼は彼なりの理由でここへ来ていたのだ。鍛錬など念頭にない私は素直に思った――面白そうだ。ここで引き返す手はない。 そうしてガルカ二人は地下迷宮の最深部へと潜って行った。 注1 「タロンギ、ブブリム、マウラ、それにシャクラミを含めた一帯をコルシュシュ地方と呼ぶ。 コルシュシュとはタルタル語で『決断の地』を意味する。ミンダルシア大陸へ渡ってきたタルタル族は、うち続く乾燥地帯と極端な高低差のある地形の前に、多数の死者を出した。決断とは、旅を続けるかどうかに関する族長たちの協議の結論に由来する。のちにウィンダス建国が成り、国民はこの故事に従って、同地方をコルシュシュと呼ぶことになった。 ところで当時の犠牲者の死因は、飢えと乾きと「転落」だったと伝えられる。だが現在のタロンギ、ブブリムは、確かに起伏に富んではいるが、落ちて死ぬほど極端な高低差はない。実は、タロンギを南北に走る通路は、むかし崖下の河川だったことが判明している。今でも充分すぎるほど高いのであるが、600年前には下が見えないほどだったに違いないのだ。おそらく当時はシャクラミも洞窟ではなく、まだ地下水の通り道だったことだろう(タロンギからブブリムへ水が流れていたとすれば、入り口手前に骨が流れ着いているのも特に不思議ではない)。 これをミンダルシア大陸における第一次の環境変化とすれば、第二次のそれはクリスタル戦争である。ウィンダス周辺に肉食の大型獣がいないのは、ミスラが狩り尽くしてしまったからではない(彼女たちはそれほど愚かではない)。古代魔法の暴走によって、ずっと緑が豊富だったサルタバルタは、以来草原地帯と化した。肉食獣の絶滅はこの急激な生態系の変化によるものである」 (Kiltrog談) 注2 「この岩ミミズが『迷宮の作り手』と呼ばれている事実は面白い。我々が日頃目にする小さなミミズでも、一年に耕す土の量は数10トンに及ぶと言われる。ヒュームのダーウィンという男は進化について独創的な学説を残したが、晩年にはミミズがどれだけ土を培養するかを、やはり彼なりの独創的な実験で研究して話題を集めた」 (Kiltrog談) (02.11.23)
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