| その88 キルトログ、『白き書』を入手する ――民話のように穴を掘って叫ぶわけにもいかぬから、せめて日記に事情の一切を吐露する。ここはモグハウスの機密性を信用しておきたい。(Kiltrog覚書) チョコボ厩舎の前でChrysalisと長話をして、ナナー・ミーゴのところに瑠璃サンゴを持参した。彼女はちゃらりと鍵をぶら下げて、「例の」隠れ家でお待ちなさいという。私がアジトを突き止めていることはご承知とみえる。あるいは既に新聞記事であまねく知れ渡っており、隠れ家の場所を知らぬ筈がないと思っているのかもしれない。 その46で記したとおり、それは東の魔法塔の隠し通路奥にある。私を遮るものは何もない。鍵を開き頑丈な扉を横滑りさせると、ろうそくの灯火に照らされた円形の部屋が現れる。中央の円テーブルまで歩を進めてのち、後ろに複数の人間の気配を感じたのではっと振り返った。
含み笑いを漏らしながら近づいて来たのは、ナナー・ミーゴとその二人の腹心であった。 「わざわざこんなところまで取り引きに出向いて下さってありがとう」 女ボスのいんぎんな挨拶を聞きながら、ゆらゆらと揺れる3人の尻尾の先を見ていた――「持っている金と装備を全部置いて、さっさと消えちまいなさい」 いまや私が罠にかかったことは明白であった。金づるである『神々の書』を手放すつもりは毛頭ないらしい。冒険者の手に負えなければ本格的に警察が腰を上げるだろう。彼女たちがそれを判っているなら、盗賊ながら天晴れと言うしかないが……。確かなのは、例え彼女たちが官憲に幾許(いくばく)の畏怖を覚えているとしても、私の直面している危機には、殆ど影響しないだろうということだった。 ウィンダス入国の際に金品を騙し取ろうとした冗談のような雰囲気はまるでない。彼女たちは本気である。絶体絶命である。 「早く全部、およこしぃ。あまり時間をかけたくないからねぇ」 そのとき、音も無く3体の影が近づいて来た……。驚くことに、女盗賊一党が扉を開けたときのような気配はまるでしなかった。 「死した魔法は我らの主」と一の影。 「眠れる力は我らの主」と二の影。 「見つけたぞミスラ。われらの主の命を返してもらおう」 その時私は、気配の無かった理由に気づいた。奴らが真の生命を持たない上に、恐ろしいほどの実力の持ち主だったからである。 唯一の出口を背にして立ったのは、3体のカーディアンであった。盗賊たちがうめき声をあげた。官憲が現れたからではない。奴らが私の味方であればどれだけ助かっただろう。 「どうしよう!? エースカーディアン3体なんて……」 以前私から魔導球を奪った闇の存在である。そういえば、スター・オニオンズの爆撃(その51)の際、ナナー・ミーゴも同じものを持っていた。彼女の真意は知れないが、件(くだん)の禁書同様、いずれ大金に化けるものと思って手に入れたものかもしれない。 「われらをたぶらかし、われらから奪いし、数々の宝……」 「それら全ては主の持ち物、そして全ては主の持ち物」 「逝きし死者の持ち物を、生ける愚者が持つことは許されぬ。どこへ隠した?」 こんな状況で何だが、動くカカシの混声三部合唱は滑稽だった。奴らが連邦のガードも武器を捨てて逃げ出す実力の持ち主であるとは、いびつで悪質な冗談のように思える。 「わかったわよ」 女盗賊は意外にあっさり折れた。 「あの箱は、石の区にある召喚士の家に隠してあるわ」 カラハ・バルハ亭、すなわち「お化けの家」のことだ(箱というのは、これは後にわかったことだが、封印された「水呼びの扉」からカーディアンが運び出していた品物である。それを彼女たちが金目のものと判断して盗んだのだ)。ナナー・ミーゴの言葉に偽りはないようだった。というのは、カーディアンは嘘を見抜く能力を持つそうだから。その代わり自ら嘘を言うこともできない。魔法のかかった頭脳の、それが技術的限界なのか、制約なのかはよくわからない。 それにしても、奴らのいう「主」とは何者のことなのだろう? 「それでは街へ向かおう」私ののんびりした思考は、カカシどもの次の言葉によって破られた。「お前たちの口を封じてからな」 カーディアンが丸っこい動作で武器を構えた。盗賊三人の顔がさっと青くなった……直後、ぼかんと爆発音がした。呆気にとられている私の前で、ひとつの影が破裂し、くるくると回って跡形もなく四散する。カカシが一体やられたのだ、ということに気づくのに少し時間を要した。 扉の陰から、隠れ家に来るにしては多すぎる客のうち、最後の大物が現れた。大物にしては小さすぎる体躯もまた冗談のようだ。どんぐりのような頭巾と、鼻の上にちょこなんと乗った眼鏡。タルタルにしては攻撃的でぞんざいな口調。その人間性はどうあれ、姿を現しただけで空気を一変させるとは、やはり只者ではない。そして彼は最高のパフォーマンスで、自分がこの場において最強であり、生殺与奪を含む一切の権利を握っていることを容易に認めさせたのだった。 「そいつはやりすぎだぞ」 口の院院長、アジド・マルジドは言いはなった。 「嘘をつけぬならば、言葉の重みを知っているだろ? 命と同じくらい重いってことをな」 カカシども――今は二体になった――の表情からは、感情が読み取れなかった(そんなものがあるとすればだが)。奴らは現れ出でた時のように、再び音もなく扉から出て行った。アジド・マルジドは、嘘をつけなくても黙秘はありか、とぶつぶつつぶやいたあと、ナナ−・ミーゴにもう一つのアジトの鍵を要求した。 「今度はあんたが狙われるってわかってんのぉ?」 泥棒ミスラは逆らわなかった。 「もっとも、これであんたに追い回されなくてすむわけだけどぉ」 アジド・マルジドは、苦虫を噛み潰したような顔で、誰が好き好んで追いかけるものか、と吐き捨てた。そしてこの場所に、彼と、カーディアンと、ミスラ以外の誰かがいると、今ようやく気づいたという態で、私に向かって声をかけた。 「おい、お前も行くぞ。こんなところに残ってたら、ミスラに食われるぞ」 隠れ家の扉が閉まる。私が振り向いたとき、既に口の院院長の姿はなかった。
私は召喚士の家を訪ねた。私の任務は『神々の書』を入手し、目の院に返却することであって、空手で戻るわけにはいかない。いかに不可抗力とはいえ、ことの成り行きに流されたままでは申し開きが立たぬのである。 果たして扉は小さく開いており、アジド・マルジドがほくそ笑みながら本をかき抱いていた。私が入室するのに気づくと「好奇心の強いやつだなあ!」と露骨に呆れた顔をする。私の視線が彼の手元に注がれているのに気づいたらしい。彼はさも面倒くさそうに説明を始めた。 「馬鹿だな、『神々の書』なんてもの、魔法使いでもない泥棒ミスラが手にすることが出来るわけないだろ?」 小さな手で表紙をめくって続ける。「これは天才カラハ・バルハの書いた……」 頁を繰る手が止まった。 アジド・マルジドは眼を見開いた。その顔には驚愕の表情がありありと浮かんでいる。「なぜだ……」声を絞り出す。「なぜ白紙なんだ……? 『神々の書』に沈黙の時が……」 「おい、お前!」 口の院院長はあぶら汗も拭わず私を呼びつけた。 「急いで目の院へ戻るんだ! 『神々の書』は文字を失った。トスカ・ポリカに伝えろ! これは『神々の書』じゃない……『白き書』だ!!」 仰天ぶりは、目の院院長の方が大きかったようだ。はなはだ簡単ではあるが、事態がよく飲み込めないでいる私に、トスカ・ポリカは説明を施してくれた。 「神々の書、その威力を失い、白き書となるとき、闇の滅びが訪れん……」 これは予言の一節らしい。すなわち文字が失われたことは、大いなる不吉の前兆だと言うのだ。私はにわかには信じ難かった。しかし、魔を知り尽くした院長たちを震撼させる「闇の滅び」とは一体何だろうと思いを馳せるうち、徐々に――徐々にだが――寒気が背筋を這い上がってくるのを覚えた。 目の院院長は彼なりのやり方でこの感情に対処した。 「アジド・マルジドめ、『神々の書』が惜しくて、きっと嘘をついたのだ」と彼は言った。言葉が余りに抽象的に過ぎるにもかかわらず、予言が間違っているとか、おおげさだとかは微塵も考えずに。私見だが、本当は彼もおのれが正しいと信じてはおるまい。持て余した大事を、彼は、気に食わない同僚への反発心と混同させて、平穏を得ようとしているのだ。ちょうど私が今こうして紙に全てをぶちまけているように。 「星の神子さまに訴え出よう」ひとり頷きながら、トスカ・ポリカは私に釘を差した。 「今日のことは他言ならぬ。すべて忘れるように……」 それから一直線でモグハウスに戻り、これを書いている。私には分不相応な機密だ。誰かに漏らしてしまうのでは、と思うと、心配で仕方がない……。 ――気分が落ち着いたら、この頁を早めに処分すること。 (02.12.01)
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