その90

キルトログ、ギデアスの名水を汲みに行く……ついでにあれこれ仮説を立てる

 先だって鼻の院から用事を授かり、マウラで受け取った荷物を迅速に同院に届けた。これで信用されたのかどうか知らないが、今度はギデアスの奥へ行って、魔光草の燃料である名水を汲んできてくれ、との依頼を受けることになった。

 魔光草とは、ウィンダスの家々の玄関口を挟む一対のつりがね草である。夜に幻想的な灯火をつけることで有名だが、以前は手近に採れた原料の名水も、現在ではヤグードの本拠地の奥の奥に湧くのが知られるのみだという。

 なるほど同地の中にあれば役人には手が出せない。たとえ自衛のためとはいえ、絡んでくる獣人に手を出そうものなら国際問題である。穏便に済ませるには冒険者を雇うに限る。少々穿ち過ぎかもしれないが、私とてもまたギデアスには来る必要があると思っていたので、まことに好都合だった。

 従ってろくに準備などもせずに国を飛び出してきた。
 役人には連れ同伴を推奨されているが、あちこち首を突っ込んでは思案する旅は、単独行がふさわしい。命の保証はないとしても、道端で思案して仲間を退屈させるよりは随分ましだと考えている。


 近ごろ文献に接する機会を作るようになって、とりわけヴァナ・ディールの伝承に興味を覚えた私は、ギデアスが「宗教都市」だと知って驚きを禁じえなかった。自分の何度かのギデアス行を思い出しても、「町の至る所に安置された崇拝の対象」に該当するようなものが、果たしてあったかどうかも疑わしかったからである。

 従って今回の旅は冒険や鍛錬云々よりも、私自身がオークの野営陣を訪れた際、文化がないと切って捨てたまま顧みなかった「ギデアス」を、今一度観察しようという意向のもとに行ったのである。名水は勿論汲んで帰るが私にとっては二次的な目的に過ぎなかった。


 鳥人たちが穴居していることは既に承知していたが、例の宝物庫のある洞窟を通り過ぎて、更に奥地へ向かうと、非常に興味深い光景が私の眼前にひろがった。


画像1

 明らかな高床式の建造物が現れた。(画像1)裏側に回ったところ、入り口辺りの岸壁に掘られたのと全く同じ大きさの穴が見つかった。この建物は奥へ入るにつれて次第に数を増し、しまいには林立と言ってよいほどの密度となる。その中で夜に明かりを灯すものもあった。(画像2)これが「硬い岩山から削り出された奇妙な形の住居」であることは特に議論を待たずともよいと思う。

 興味深いのは根元の柱に見られる赤いマークである。これは画像1の建物にも伺うことが出来る。一体何を示すものか? そこが特別な家屋である事を示唆しているのか? それとも何か他の意味があるのだろうか?(画像3)

画像2
画像3

 私が引っ掛かっていたのは、ギデアスに散在する「崇拝の対象」とは何か、ということだった。私はずっと、このマークがそうだろうと見当をつけていた――「町の至る所に安置」されているのだから、それは広範囲に散らばっている筈で、だとしたらこれまで全く目にしていないということは考えられない。そして私の記憶の限り、随所で見かけられる何らかのシンボルは、この赤いマーク以外にまず存在しない。それで殆ど結論を出しかけていた……水を汲むまでは。


 ギデアスの名水は奥地でこんこんと湧き出ていた。禍々しい獣人の住処にあって、これほど水が美しく澄んでいるとは、ちょっとした奇跡のようにも思える。鼻の院の水筒に名水を詰めて、ふと後ろを振り返ったところ、シュロの一種と思しき立ち木の隣りに、何処かで見覚えのある彫刻が佇んでいるのに気づいた。(画像4)


画像4

 はて何処で見たのだったかと思いきや、例の食糧係が立ちんぼうをしていた洞窟の前である。以前は「魚のレリーフ」と表現した筈だが、今こうしてまじまじと見ても魚の骨であるとしか思えない。私はそれを食糧庫の看板であるとばかり考えていた。だがたぶん間違っている。上の推測が正しいのだとしたら、看板がここにある、という事実に合理的な説明はつけられない。

 私はそれまでの発想を翻して、これこそ崇拝の対象ではないか、という可能性に思い至った。公式の資料には「町の至る所に安置された」とある。安置である。安置とは「神像や遺体などを大切に据え置くこと」である。ここに穴が空いているのは偶然だろうか。例えばこれ自身は入れものに過ぎないのではないか。そして、中に収められた聖遺物――のようなもの――を、ヤグードたちが朝な夕な拝みに来るという可能性は?


 そこまで来て私の思考は破れた。後ろで、ぐるる、という凶暴な唸り声がするのを聞いたからだ。少なくとも22レベルの戦士にとっては、鼻の院で心配されるほど危険な仕事ではなかった。地上を闊歩するヤグードは、私に比べればずっと弱いので、まず襲っては来なかったからだ。

 それでも時に、仲間うちでは力自慢のやつだろう、パイパーやパーセクターの一部は攻撃を仕掛けてきた。むろん勝負にはならない。ならないけれども、何か不測の事態が起こる可能性もあるから、あらかた用事を済ませたからには、さっさと退散するべきだ、と思った。それで早々にウィンダスへ戻って鼻の院に名水を無事送り届けた。


 ギデアスの文化は大変に興味深い。仮に崇拝物の仮定が的を射ていたとしよう。だがなぜ魚なのかとか、本当に魚なのかとか、なら赤いマークは何なのか、という疑問の数々が残る。マークこそ崇拝物である、との考え方も捨て難い。隅々まで見て回ったわけではないし、考え方如何では他の仮説も立てられるから、これからさき別の発見をしたり、新しい視点を獲得したりすることもあるかもしれない。


(02.12.02)
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