その94

キルトログ、Kewellと祖国の思い出を語る


 ギデアスから戻った私たちは、西サルタバルタ北部の魔法塔に挑んだ。だがこれは完全な失敗だった。敵に追い立てられた私たちはほうほうの体(てい)で逃げ戻った。私に至ってはコウモリの大群にやられてしまうという体たらくで、ホームポイントから即座に引き返して何とかKewellと再会できたのだった。


 折りしも西サルタバルタには夕陽が差していた。真っ赤に染まった大地が、はるか彼方の地平線から空と溶け合っていた。私がヴァナ・ディールで最も美しいと思う光景のひとつだ。

 初めてサルタバルタを遠出したとき、私は仲間たち――Willia、Dorry、Size、Mare――とこの光景を眺めた。わずかアウトポストにたどり着くだけの旅。だがそれは冒険だった。あの頃、私たちの目の前には「未知」しかなかった。我々を前進させたのは好奇心だった。そこには打算の入り込む余地は一切なかった。我々は一人一人がパイオニアであり、みんながその役割を、それぞれのやり方で楽しんでいた。

 世界を知ること。それが探究心に対する報酬であり、全員がそれを欲しがった。だが知識と経験を得るたび、いつしか世界は狭くなっていった。一人一人が記憶に焼き付けているに違いない、初めての旅の日、我々を驚嘆せしめたはずの広野は、徐々に規模を狭め、箱庭ほどの広さでしかなくなった。私たちの探究心にも間隙が生じて、いつの間にか、惰性と打算にとってかわられることとなった。

 それは仕方ないことなのかもしれない――だが、この事実を以てしても、原風景の尊さを損ねることはできない。

 私がウィンダスから離れられないのは、この西サルタバルタの夕陽が、初々しいあの日の自分と結びついているからだ。Kewellもそう言った。彼女はバストゥーク人であるが、北グスタベルグに「遠出」をして、地図に描かれてある、Outpostという謎の地点まで行ってみようとした。だが目前で、クゥダフのうろつくのを見て逃げ帰った。それは無知であった時代の笑い話だ。だがその記憶は彼女の中で大きな財産となっている。

 私がこれまで築いたささやかな経歴を捨てて、例えばサンドリア人として再出発することは、おそらく可能だろう。だが私にとって、ロンフォールの森はただの森でしかない。既に探索しているということはこのさい問題ではない。サンドリアの冒険者は、ロンフォールの森に、文字通りいちから育まれた。Kewellにとってのグスタベルグ、私にとってのサルタバルタがそうであったように、我々がまがりなりにも一人前になれたのは、無知で愚かだった時代に、探究心を持って、ひたすら前に進んだからだ。ただひたすら。

 愛国心を持つ冒険者が少なくないのは当然かもしれない。


 Kewellは
プルナイト貝石というアイテムを探しているらしい。奇しくも私も、石の区に住むコル・モル博士に同じものを頼まれていた。博士は文通相手に恋していた例のしょうがないおっさんである。

 この石に関して情報は何もなく、途方に暮れていたのだが、Kewellが知り得たところによれば、シャクラミの地下迷宮にあるのだという。その場所まで聞いてきているようだ。だから二人で北へ向けて走った。

 東サルタバルタにある北のホルトト遺跡の近くを通った。手記によれば、kewellは初めてウィンダスを訪れたさい、遺跡のいずれかに迷い込んだそうだ。話を聞いてみたらこの魔法塔がそうであるらしい。

「迷い込んだんじゃないよ」
 彼女は私の言葉を訂正した。
「探究心だよ」

 私たちは笑いながら、夕闇の濃いサルタバルタを駆け上がっていった。


【追記】

 東サルタバルタにある碑文は以下の通りである。どうやらグィンハムは離脱して、クォン大陸の北方バルドニアを目指したものらしい。


 ここサルタバルタ平原には、小さくて可愛らしいタルタル族や天真爛漫なミスラ族の他にも、かつて文明を築き上げていた種族が存在していたことは、ほぼ間違いないようです。

 例えば、タルタル族がホルトト遺跡と呼んでいる塔は、設備のサイズこそ近いように見えますが、建築様式には明らかに異なる部分が散見されます。
むしろ、父グィンハムが、最後に送ってきた手紙に同封されていたスケッチ『手のような塔』に酷似しているのです。

 ただし、そこはクォン北方の地バルドニアでした。

 圧倒的な距離を隔てた塔の近似性。

 かつて、世界には広範囲にわたる高度な文明圏が存在していた。そして、今もこの世界に影響を及ぼし続けている。

 そう考えるのは、私の穿ちすぎでしょうか?

 天晶777年 エニッド・アイアンハート

 石碑には、しっかりとホルトト遺跡のスケッチが刻まれている……

ホルトト遺跡(東の魔法塔)
『手のような塔』の図面

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