その95 

キルトログ、Kewellとシャクラミの地下迷宮に臨む


 納涼祭りの際、Kewellとシャクラミについて話した。彼女は、タロンギのどこかから入れる、ということだけを理解していた。地図には入り口の場所が記載されていない。私たちが巨骨を避けて洞窟に達すると、ああここだったのか、と彼女が感心したように言う。あれから長い時間が過ぎたけれど、Kewellは結局シャクラミに入ることなく今日まで過ごしてきたのだった。

 Chrysalisの護衛があったとはいえ、一度は通り抜けたことがあるし、近ごろひとり入り口で鍛錬を重ねてもいたから、私の方が若干地理に詳しい。舵は自分が取らねばならぬ。そこで積極的に前に立って湿っぽい洞窟を下りていく。天井から落ちる自然光が先客たちの姿をうつし出す。人は多かったけれど、目に見えるゴブリンやミミズを退治すると、みんなさっさとどこかへ移動してしまった。だから私たちも早く奥へ向かうことにした。


 Kewellの目的はプルナイト貝石である。誰に聞いたか定かではないが、それについて彼女が持っている情報はふたつあった。

1)地図座標F8の地点にある。
2)その場所には化石岩がある。


 地図を持っていて、場所までわかっているなら、後はそこへ直接向かうだけだ。実に簡単である。
 
 そう思うだろうか?

 みちみち駆けてくる途中で、私は深入りしないようにしましょう、とKewellに話した。少なくとも私は、何に気をつけなくてはいけないのかを知っている。繭に隠れた骸骨、ゴブリン、そしてあの大きな黒いサソリ。Kewellはレベル27だったが、シーフであるし、回復役がいないこともあって、メイズ・スコーピオンと戦ってこれを倒す自信は、盾役の私にはまったくなかった。

 私は目的の座標を目指して、勘を頼りに道を選んだ。厄介なのは、そのF8というのが、どの階層だか判然としないことだ。おまけに地図は切れ切れになっていて、実際に道を進んでみるまで、どこの洞窟とどこの通路が繋がっているのか全くわからない始末である。さらに歯がゆいことに、座標が近くなったと思ったら、道は脇へそれて、私たちをずっと見当違いの方向へ連れて行くのだ。気付いたら、黒い巨大な影が地面を這いまわっている広間に出ていた。
嫌な予感がして回りを見渡したら、見覚えのある化石岩が四方の壁にうずくまっている。何のことはない、Chrysalisに連れられて瑠璃サンゴを採集しに来た例の場所だったのだ。

 Kewellは喜びの声をあげて、目についた岩を調べ始めた。どうやらプルナイト貝石は化石岩が目印となるらしい。私の記憶ではここには瑠璃サンゴしかない。万が一貝石が見つかる可能性を考えて黙っていたが、そもそも地図を見れば、この広間がF8地点からはほど遠い位置にあることは明らかだった。

 案の定、Kewellの調査は徒労に終わった。だがじっとしていたり、落胆したりする暇はなかった。メイズ・スコーピオンが油断なく這いまわっている。私の言う「深入りしない」とは、具体的に、「サソリに狙われない」ことを――洞窟に入る前には――指していた。だが、何だかもう少しの努力とか、発想の転換で目的地に着きそうな気がしていて、ただ引き返すのはためらわれた。それはKewellも同じだったようで、私たちは細心の注意を払いながら、なおも前進することに決定したのだ。

 我ながら無鉄砲だとは思った。だがそもそも、冒険とは本質的に綱渡りであり、命をかけた大博打なのである。
 その覚悟がなければ、冒険の意味などないではないか……。

 私たちは敵を避けながら、洞窟内をぐるぐると歩き回った。目的地がわかっているのに、たどり着けないもどかしさ。シャクラミの構造は比較的単純だと思うが、この時ばかりは名前本来の「迷宮」に立ち返り、我々ふたりの頭を散々に悩ませたのだった。
 試行錯誤の末に、私はひとつの回答を見出した。今度こそF8に行ける、と確信して道を辿ると、目の前に大きな段差がせりあがっていて、坂を上れなかった。おそらく反対側からはゆうゆう下れる筈なのに、である。
 探索は万事がこんな調子だった。


 その坂から戻ってくるさい、目の前の道を、メイズ・スコーピオンが塞いでいた。気付かれずに通り過ぎるのには少々無理がある。スリムなKewellならともかく、私は隠密には全く向かない巨体なのである。

 一か八か駆け抜けようとしたが、一と出た。

 サソリは毒針を頭上に掲げると、鋏を振り回して襲ってきた。

 私は斧を抜いて立ち向かった。

 このサソリは「とても強い」やつだったので、みるみるうちに全身キズだらけになった。「勝てるよ!」と途中、Kewellが私を鼓舞した。さすがに27レベルが一人いると全然違った。だが戦いは、微妙なバランスを保っていた。ささやかな要素で、あっさりと天秤が傾くのはよくあることだ。そして、それは起こった。ぶしつけにも、ゴブリン・マガーが戦いに乱入してきたのだ。

 冒険者でも他人の獲物には手を出さない(出せないというべきだが)。これだから私は獣人が嫌いだ。
 この危機を乗り切れたのが今もって不思議である。
 私たちは生きたまま、坂のふもとに立っていた。瀕死の重体ではあったが。Kewellは毒が解けず、柄にもなくばたばたと取り乱していたが、私がポイゾナをかけると落ち着きを取り戻した。タイミングのいい彼女の不意打ちが、乱入してきた獣人の後頭部を割ったのだ。げにシーフ侮るまじ、である。


 結局、私たちは化石岩にたどり着けなかった。選択肢をいたずらに潰しただけで、解決の糸口も残らなかった。私はゴブリンとの3連戦があって、あっけなく止めをさされ――Kewellは、入り口の近くまで逃げ抜いて、親切な冒険者に助けられた。そのときの彼女は重傷で、膝をすりむいただけで死ねるような体力しか残っていなかった。


 ホルトト遺跡とシャクラミとで、私はつごう2度死んだ。Kewellはひどく恐縮して私に何度も詫びた。だが、二人死ぬより一人が助かった方が断然いい。この答がいささか利他主義に過ぎると思われるなら、以下のように考えたらいい。27レベルが瀕死になるような状況なら、22レベルの方が先に死ぬのは理の当然である。
 私はもちろん友人を恨んでいない。

 目的果たさず我々は帰って、そのまま別れたが、ひとつ交わした約束があった。私がレベル30になる頃、再び二人でこの迷宮に挑戦しよう、と。それまでここには入ることもしない、とKewellは私にきっぱりと言った。

 シャクラミの地下迷宮は、KewellとKiltrogの友情の場所である。

 ホルトト遺跡での誓いを、私は守れなかった。ささやかな口約束だったかもしれないが、Bluezと一緒に、「いつかもう一度隠し通路に挑もう」と言った、あの約束を守れなかった。そして今ここにKewellがいて、私は彼女と探索をすませた。今新しい誓いを二人で立てている。奇妙な偶然と言ってしまえば、そうだ。だが私には運命に思えた。

 私はKewellと力強く握手した。

 また会おう、友よ。

(03.01.08)*ファイル修復作業により、前後頁より遅れて完成しています。
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