その105

キルトログ、チョコボを手なずける


 大陸街道が交錯するジュノは、ヴァナ・ディール交通の要所でもある。とかく飛空艇ばかりが注目されがちではあるが、乗船の資格を持たない者たちは、徒歩あるいはチョコボにのって街から街を移動する。モンスターが闊歩する危険な土地柄だから、後者の重要性は計り知れない。利用者の数を考えると、飛空艇よりも重要とすら言えるかもしれない。


 そのせいかどうか知らないが、ジュノ上層の厩舎には、チョコボ育成の名人がいる。ヒュームのブルータス氏は、でっぷりと太った壮年の男性で、チョコボ乗りの間では伝説的な人物、現代ふうに言うところの「カリスマ」である。
「おやじさんの育てたチョコボに乗るのは、名誉なんだぜ」
 ひとりのガルカが私にそう話した。
「だが、なかなか譲ってくれんのだ」

 ブルータス氏は、チョコボ乗り免許証を発行できる唯一の人物である。ただし、彼がレクチャーするのは、乗り方――走らせ、止まらせ、方向を変えさせ、乗り降りを手伝わせる、具体的な技術――ではない。少々意外であったが、私が命じられたのは、傷ついたチョコボの世話であった。
 
 動物は言葉を話さない。言葉を理解することもできない。人間の命令を聞くときはあるが、それは彼らにとって、合図以上の意味を持たない。従って、動物と気持ちを通じ合わせようというときは、お互いの心と心を以てやらなければならない。

 こんなふうに書くと、随分と偽善的に聞こえるかもしれない。動物は本能を以て相手と接する。人間も所詮は動物である。少々努力を必要とするが、同じ方法を取ることはできる。単に言葉の虚飾性が役に立たないというだけのことだ。

 動物は本質的に馬鹿ではない。好意を寄せる相手、敵意を見せる相手は敏感にかぎ分ける。ただし、自然界の中で自衛するため、信頼を寄せることには慎重になる傾向がある。むろん、人なつっこいのも中にはいる。これは個々の性格というしかないが、基本的には、根気よく善意を示して、相手が信頼してくれるのを気長に待つ覚悟が必要である。


 厩舎にいるタルタル嬢が、えさのやり方を教えてくれた。手づから草を食べさせるのである。それが信頼を得るための儀式となる。私の親愛の情が相手に伝われば、私の手から食事をすることに、躊躇することはないはずだ。

 だがチョコボは、ひどく怯えているようだ。私……というよりは、人間を恐れているのだ。この鳥は迷い子だったのを、ブルータス氏が拾ってきたのだが、その時から怪我をしていた。どうも悪い人間に傷つけられたようで、だとすれば打ち解けるには予想以上に時間がかかるかもしれない。


傷ついたチョコボ

 私は毎日、根気よく厩舎の階段を下りて、チョコボの様子を見に行った。最初は警戒し通しだった鳥も、世話係の少年の言葉を借りれば「予想以上に早く」私に慣れて、おずおずとではあるが、甲高い笛のような鳴き声をあげて、手のひらに乗せたゴゼビの野草を食べるようになった。


 厩舎に通うようになって数日たったころ、私が草を食べさせていると、頭を坊主に剃り上げたいかつい顔の男がやって来た。

 こんなところにいやがったか、と鳥に向かって顔をしかめる。うちの焼印があるチョコボを盗りやがって、とぶつくさ言う。前の飼い主なのである。もっともその仕打ちを考えたら、「持ち主」と言った方が正確かもしれない。

 かわいそうにチョコボは再び恐怖を取り戻し、ブルブルと震え始めた。ブルータス氏と少年は男の所業をなじった。男はまるで悪びれるようすもなかった。
「動物を従わせるには、スパルタ式じゃなきゃ駄目だ、甘やかしたら言うことをきかん」
 また来るぜ。男はそう言い捨てて去って行った。

 どうも厄介なことになりそうだ、と懸念していると、ブルータス氏は、男の哲学が少しでも私に影響を及ぼしてはたまらん、とでも思ったかのように、私のチョコボに対する取り扱い方を褒めた。社交辞令だろうが悪い気はしない。それも、ヴァナ・ディールに名を轟かす名人じきじきの褒め言葉であれば。


 数日後、チョコボは完全に馴れ、人間への信頼を取り戻した。

 私は試験に合格した。このチョコボとは今日でお別れである。情が移ってしまって、少し寂しくもあるけれども、いつだって厩舎には来られるのだ。例の男のことはまかせろ、とブルータス氏は言う。だが執念深そうな人物であった。私も気にとめておき、定期的に様子見に訪れたほうがよいかもしれない。

 あんたはすじがいいよ、とブルータス氏は言った。望むなら、獣使いにだってなれるだろう、とも。

 私は肩をすくめて、免許証を受け取った。いよいよ私も、チョコボに乗ることができるようになったのだ……。

(03.02.02)
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