その112

キルトログ、ゴブリンの店に入る

 ジュノの名物と呼べる店は二つあって、ひとつは上層にある酒場で、種族とかジョブなど、日替わりに客層を限定しているのであるが、何しろ飛び込みで入店できる可能性が低いものだから、最初はどうだか知らないけれども、そのうちに誰も行かなくなってしまった。私もガルカの日に入ってみたのだが、店内がひどくすいていたことを覚えている。


 もう一つは、ゴブリンの経営するショップである。下層の通り沿いにあるのだが、隣りの宝石店にも負けない立派な門構えである。

 人込みの中でガルカがひとり入店をためらっていた。
「襲ってはこないらしいんだがな……」
 それはそうだろう。
「個人的には応援してやりたいんだが、何となく、足がすくんでな」
 
 応援?
 私は首を捻りながら扉を開いた。ぬ、とゴブリンの無機質なマスクが、真っ先に私の視界に飛び込んできた。


ジャンク屋マックビクス

 店内は暖かい光で満たされ、オレンジ色のきめ細かい絨毯が敷かれてある。客より一段高くなった壇上に、2匹の(2人の、というべきか)ゴブリンが、お馴染みの大きな背嚢(はいのう)を担いで直立している。

「ジャンク屋マックビクスだ。何か用か」

 さすがに無愛想だ。もっとも、もみ手をしながら出てくるとは最初から思っていないが。私はリストを一瞥し、いかにも欲しいものがあって思案している、というふりを装いながら、店の奥を眺めた。扉がついていて次の部屋に続いている。特に従業員専用というわけでもなさそうである。

 本音を言うと冷やかしのつもりであったが、大きなかばんが欲しくないか、と言われた時は心が動いた。荷物は多く持てるに越したことはない。ゴブリンの話では、ダルメルのなめし革スチールインゴット
亜麻布ペリドットを持ってくれば、今より5個は品物が多く入るように、私の鞄を改造してくれるという。そうして貰うとさぞかし便利だろうな、と思いながら、私は奥の扉へ向かった。


 獣人族・人類間の溝は未だに深いが、ジュノ人は少々寛大なようである。自由主義経済はあらゆる障壁を飛び越える。グィンハム・アイアンハートが、コンシュタットの石碑に刻んだ文章を思い出されるがよい。商人は戦争の最中においてさえ交易を止めなかったのである。彼は商魂の逞しさに対し杯を上げているが、その背景にあるのが私欲であり、肥大すれば政治や宗教にも穴を開ける――悪貨が良貨を駆逐する――こと、富める者が富まざる者に権力を強いることを考えれば、あまり手放しで賞賛する気にもなれない。もっとも商魂というやつは、冒険心と共通する部分も多いわけだが。


 人類憎し、の種族がなぜジュノで店を開いたのか。あるゴブリンはこう言った。

「人、信用ならないが、人との取り引き、ゴブリンにも得」

 ならば純粋に私欲というわけだ。店長の
マックビクスも、私との会話を強く拒むのだった。

「わしがお前さんに話すことなど何もない。
 わしがお前さんに聞きたいことも何もない。
 わかるな? わかったらわしに構わんでくれ」

 奇妙なことだが、私はこの言葉を、絶対的な拒絶ではなく、厭世観の表れだと受け取った。滑らかな口調が老人を思わせたからかもしれない。バストゥークで会ったある人物を連想させた。もっとも彼は、獣人と比較されることを快くは思うまいが……。


 奇妙なことだが、仮面の無機質な黒い目玉を見つめているうち、生理的な嫌悪は消えて、造形の本質が、剥き出しのまま私に迫ってきた。私はありのままを感じた。相手の等身は低く、ずんぐりしていて、大きな背嚢をいつも背負っている。滑稽だ、と思った。いざ考えが浮かぶと、今までそんなふうに感じたことがなかったのがむしろ不思議なような気がした。

 私は後ろを振り返った。それが目に入った。笑った。ゴブリンが、煮えたぎる鍋の上に、身をかがめるようにして、スープだかシチューだかをかき混ぜている。時々薬味を放り込みながら。その鼻歌でも歌うような調子が、私を楽しい気分にさせた。ここで売られているゴブリンパンゴブリンパイは、味もちょっとしたものだ。私は腹を抱えて大笑いしながら店を後にした。


ゴブリンが鍋をかきまぜる

 ジュノで名の知れたゴブリンは、マックビクス店の連中ばかりではない。タルタルとガルカの子どもが話していたところでは、フィックという心優しい獣人がいて、人間の少女と一緒に、花の種を花壇に植えたのだそうだ。もっとも、ガルカの子どもの方は半信半疑で、タルタルの少年の無邪気な反応をからかっていたのだけれど。
 
「個人的には応援してやりたいんだが……」
 ガルカの言葉が思い出された。

 こういう意見も、特に珍しいものではないのかもしれない。

(03.02.22)
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