その129 キルトログ、闇の手先の野望を――とりあえずは――打ち砕く 女は刀を構えていた。 「調査指令で赴いたまではいいけれど、とんでもないオマケつき……」 そう呟いた。眼前には、幾多の経験を経てきた彼女でさえ、にわかには信じがたい――禍々しい光景が展開されつつあった。洞窟の熱気は今や最高潮に達している。 「試練のひとつにしてはヘヴィよね」 心臓が昂ぶっていた。脈が鼓膜を突き上げる。彼女は鼓動を数えながら、じっと機会を伺っていた。ともすれば切れそうになる精神の緊張に耐えながら――絶望に囚われかかっている彼女には、それは、永遠に続く地獄の責め苦のように思われた。 すりばち状の穴の底から伸びる、細長い通路を辿ると、壁面が真っ赤に照らし出された洞窟に突き当たった。途端に汗が吹きこぼれる。空気に溶岩でも溶けているのかと、本気で疑いたくなるほどの暑さだ。 「バカめ! 嘘にだまされてやって来るとはな」 魔法陣の上に、枕のような生き物が浮かんでいて、耳のある辺りから生えた翼を、ばっさばっさと羽ばたかせ、上下している。ぎょろりとした一つ目――なるほどこれがRagnarokの言った『目玉』だろう――に、牙の生えた大きな口。いやらしいと言えば確かにそうだが、何となくユーモラスにも感じた。どうにも現実感に乏しかったせいかもしれない。
「俺がその恐ろしい怪物だ!」 『目玉』はからからと笑った。私は周囲を見渡し、『恐ろしい怪物』を探した。少なくともこの場で、奴が強敵だと信じているのは、化け物本人だけだったろう。何しろ、みんな龍のことで頭がいっぱいだったから。 『目玉』は口上を続けた。 「何しろ、今一度獣人軍をまとめて、お前たち人間を皆殺しにしようというくらいだからな!」 なるほど、クリスタル戦争の再現というわけだ。奴は続けた。いずれ人間は、人間と獣人どちらが覇者なのか、たっぷりと思い知るだろう。お前たちは、ここで死ぬのだ! その時魔法陣から、濁った光と瘴気が吹き出て、爬虫類の王と言うには、あまりに昆虫を連想させる、いやに骨ばったダーク・ドラゴンが、その巨体を完全に現した。 さあ友よ、今こそ勇気を振り絞るときだ!
余りの事態に呆然としていた私は、右手が空なのに気づき、慌ててバトルアクスを取り出し、身構えた(注1)。Ragnarokはとっくに槍を振るっている。私はときの声を上げ、龍の背中へ向かって、思い切り刃を打ち下ろした。 今こうして戦闘を終え、当時のことを回想していると、この恐ろしい巨獣の顔を、間近で見られなかったことが残念に思われる。私はRagnarokの忠告を受け入れて、龍の尻尾と、後ろ足と、せいぜい横腹を相手にするばかりだった。勇敢にもJackは真正面に陣取り、恐ろしい呪いの効果を持つ龍の息にもひるまず、攻撃を続けていた。長い時間ではなかった。各々のこれまでの鍛錬と、作戦がものを言って、思ったよりもあっさりと、龍は断末魔の叫びを上げ――飛び枕は地面に叩き落された。がらがら声で、人間ごときに負けるとは、と、独創性のないセリフを吐いて動かなくなった。実に小物らしい最後だった。 「どうやら先を越されたみたいね」 暗闇の中から進み出てきたのは、何とライオンだった。どうして彼女がこんなところにいるのだろう。一人で魔法陣を降下して来たのだろうか。 彼女は、巨龍の死体を調べて、驚きの声を上げた。どうやらこいつは、北の呪われた土地に生息する幻獣であるらしい。20年前のクリスタル戦争で、闇の王が倒れ、封印されて以来、幻獣の姿を見た者はいないはずだ、と言うのだ。 文字通り幻であった筈の奴らが、再びまた獣人と一緒にいる……。果たして、その意味するところは? そのとき『目玉』が動いた――まだかすかに息が残っていたのだ。 「闇の王は、まもなく、死の世界より蘇られる……」 ライオンが息を呑むのがわかった。 「20年前に、闇の王と刺しちがえたような、偉大な勇者は、もうお前たち人間の中にはいまい? 闇の王がお目覚めになったとき――その時こそ、人間の時代は終わりを告げるのだ。 せいぜい、平穏を味わっておくがいい……」 『目玉』は力なく高笑いをすると、息を詰まらせて、今度こそ本当に動かなくなった。 ライオンが洞窟の片隅で、倒れていたヒューム女性を発見した。彼女は息を吹き返すと、名をアヤメと名乗った。東方伝来と思われる、真紅の鎧を身に纏っている。近頃よく聞く、侍という職種なのかもしれない。 何とアヤメは、ミスリル銃士隊の一人なのだと言う。バストゥーク政府の調査行で、魔法陣まで偵察に来たはいいが、あんな化け物が待っているとは思いもよらなかったのだ。20年間のささやかな平和、その舞台裏で、闇の陰謀が密かに牙を研いでいたのだと思うと、ぞっとする心地がした。むろんバストゥーク政府は、この件に本腰を入れて乗り出すだろう。同時にウィンダスも、いくら平和主義を標榜しているとはいえ、関わり合いにならずにはいられまい。 これからは、いっそう危険なミッションが待っているだろう。そう思うと何だか憂鬱な気持ちがしてくるのだった。 アヤメ、ライオンと別れた我々は、洞窟を出した。船着き場で待つ、とKewellは言った。鉱山から一息に脱出できる経路が、確かにどこかにある筈なのだが…… 注1 レベル25キャップが働くので、26レベル以上の装備品はすべて自動解除されます。 (03.05.01)
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