その139

キルトログ、ラテーヌの崖下へ下りる
オルデール鍾乳洞(Ordelle's Caves)
 エルヴァーン族の探検家オルデール卿によって発見された美しい鍾乳洞。
 後に、その地図を作成したところ、形が人間の臓腑の配置に酷似していたことから、『人体洞』とも呼ばれている。
(ヴァナ・ディール観光ガイドより)
 不覚!!

 ぼんやりと走っていたら、ラテーヌ高原の縦穴に落ちてしまった。段差があってここからは戻れない。何処か上がれる場所を探さなくてはならない。

 私が落ちたのは、デムの岩北側にある縦穴であった。ラテーヌ高原には何箇所か地面に大きな亀裂が走っている。それが谷間をかたち作っているのだが、底に川は流れておらず、苔やラテーヌ特有の綿毛植物――巨大なタンポポが群生しており、上から眺めるとなかなか見事な景観である。

 道を探すうち、谷底に石碑が立っているのを認めた。もしやと目を凝らす。アイアンハート親子が残した碑文のうち、ラテーヌ高原のものはまだ回収していない。石の大きさと形からして、間違いないと見当をつけた。目標が変わった。道は道でも、上りでなく、下りを探すのである。これぞ怪我の功名というやつであろう。


 ずっと下りることは無理だろうと思っていた谷底を私は歩いている。タンポポは遠くから見ると愛らしいが、とても丈が高く、私の身長をゆうに越えるほどだ。谷風にあおられて、綿毛が空中に散り、崖を越えて飛んでいくのを眺める。夕陽の中で、赤紫にうっすらと染まった綿毛が吹き上がる光景は、のどかな美しさに満ちている。きっとタンポポはこうやって高原中に繁殖したのだろう。

タンポポの綿毛が舞い散る

 やがて私は洞窟の入り口にたどり着いた。ちらと中を覗くと、コロロカで見たような、石筍や石柱の並ぶ天然洞が広がっている。

オルデール鍾乳洞内部

 地図を照らし合わせて、これがオルデール鍾乳洞であることを知った。冒険者の会話の端々で名前くらいは耳にしていたが、まさかラテーヌの谷底から通じていたとは思わなかった。噂によるとこの洞窟は、発見者であるエルヴァーンの冒険家、オルデール卿から名を取られたらしい。もしかしたら彼も穴底に滑り落ち、怪我の功名でこの洞窟を発見したのかもしれない。


 オルデールに特に用事はないので、中を適当に見回って出てきた。考えにふけっていると後ろで私を呼ぶ声がする。振り向いて見たならLeeshaである。奇遇な出会いに私は仰天した。ああびっくりした、と本音を漏らす。こんな場所にいるんだもの、と言いながら、正直な話、こいつはお互い様だな、などと考えていた。

 アア石碑ですねー、とLeeshaは言う。妙にものわかりのいい娘なのである。私は不注意で谷へ滑り落ちたことを説明した。では一緒に行きましょうか、とLeeshaが答える。「オルデールへ?」と私は尋ねた。いやいや石碑ですよ、と彼女がかぶりを振る。私は逆の方角へ来てしまったのだ。本来なら坂を下りて、右の方へ曲がらなくてはならなかったのである。

 谷底の道は、途中で岩のトンネルを潜り抜けて、なおも続く。時にさあーというやかましい音が響く。何がこんなに大きな物音をたてるのだろう、と立ち止まって見たが、洞窟の中に変わった様子はみられない。

 時間は既に真夜中を過ぎていたが、外は曇天で、時おり激しくスコールが降り注いでいた。どうも雨の音が洞窟内に反響するようなのである。自然の不思議に感嘆しながら外へ出ると、例の綿毛林の中に、ゆっくり上下運動を繰り返しているタンポポがあって、しばしその光景に見入った。タンポポが茎ごと空中高く跳ね上がり、ふわりと降りてきて、また跳ね上がる。その度に種子を乗せた小さい綿毛が散るのである。タンポポはあらかた禿げ上がっていた。どのような運動力学が働いてそうなるのだか、私にはよくわからないが、この光景は、大自然の驚異に対する畏敬の念を、あらためて強く私の胸に呼び起こすのであった。


 我々はやがて終点へ辿りついた。道は崖で行き止まりとなり、そこにお馴染みグィンハム・アイアンハートの石碑が、ぽつねんと建っているのである。

 この高原で目をひくものと云えば、やはり現地の者が『ホラの岩』と呼び、近づくことすら恐れる巨大な建造物だろう。

 あえて建造物と云ったのは他でもない。これは奇跡的な偶然が生んだ天然岩でもなければ、神学者が唱えるように神の御技による館でもない。

 確かに、骨のような白い壁面には継ぎ目すら無く、触ると微かに温かみすら感じられる奇異な材質だ。しかし、明らかに人工建造物と断定できる証拠を、偶然にも私はここで発見した。

 この証拠を、より確実なものとするため、私は北の地バルドニアへと旅立つことにした。おそらく我が生涯で最も長く危険に満ちた旅となることだろう。

 残される娘エニッドの身を案じつつ……

 天晶764年 グィンハム・アイアンハート  


 嗚呼、ならば彼はここで離脱したのだ。彼はミンダルシア大陸へは向かわず、エニッドのみがウィンダスを目指したのだ。彼女による西サルタバルタの石碑(778年)には、「ジュノ海峡を渡ってあしかけ5年」(注:当時大公国はなかった)と書かれてある。逆算して773年とすると、多少の誤差を認めるとしても、グィンハムがバルドニアに出発してからほぼ10年の月日が流れている。親娘が再び合流することはきっとなかったに違いない。

 ところで、タロンギの石碑に「兄弟喧嘩の最中に熱波で絶命した、古くて大きな恩人ギルボ・マッジ・ナビルに感謝をこめて」という、謎の記述があったことを思い出されたい。この「兄弟」がエニッドの兄ないし弟である可能性は薄くなった。何となれば、残していく肉親が別にいるなら、「娘エニッドの身を案じつつ」だけでなく、兄弟の名も一緒に記しておくのが当然と思われるからである。

 グィンハムがエニッドを置いていったのは、文明が進歩した現在でさえ、人外の地と恐れられる危険地帯に、愛娘を連れて行きたくなかったせいだろう。そして娘は、父の意志を継いで冒険家となり、まだ未踏だったミンダルシア大陸を南下していったというわけだ。

 しかしこの地で父と別れてから、ジュノ海峡を渡るのに、実に彼女は10年近くの年月を要している。この理由ははっきりしない。考えられるのは、エニッドがまだ幼く、大人に成長するのに時間を要したという可能性、あるいはそれに近いが、父同様の冒険の準備が整うまで準備期間が必要だった可能性だ。いずれにしてもエニッドがラテーヌに留まった筈はない。おそらく国へ戻って英気を養ったのだろう。それが最寄りのサンドリアか、故郷のバストゥークかは知るすべがないけれど。


(03.05.29)
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