その140

キルトログ、時計塔の整備士と知り合う


 ある晴れた日、私はジュノ港を歩いていた。

 四箇所ある飛空挺のドックはすべて開いており、係員がめいめいに次の便の時間を伝えていた。冒険者の数は少ない。ジュノにしては、という意味だが、下層やル・ルデの庭の混雑に比べれば、信じられないほど閑散としている。この二箇所には競売所があるから人が集まりやすいのだ。それに港というのは、もともと旅の出発を待機するためだけの場所ではないか。

 長く封鎖されていたカザム方面行きの階段を下りた。許可証を持っていないので、飛空場のゲートを通ることは出来ない。カウンターに制服を身につけたガルカがうっそりと立っており、許可証は14万8000ギルです、と、想像していた通りの法外な値段を私に告げる。
 
「ただし、冒険者の方には、ある条件を満たせば、特例で発行いたします。お聞きになりますか?」

 私は聞いた。山砦の箱のカギ
鉱山の箱のカギ獣人都市の箱のカギ、三本を持ってくれば特別に許可証を出してくれるという。上記の鍵はそれぞれゲルスバ砦、パルブロ鉱山、ギデアスにある宝箱の鍵だ。なおこの飛空挺パスでは、通常の三国行きの飛空挺には乗れず、カザム行きのみに限定されるが、乗客のレベル制限などはまったく設けていないという。早い話が私も、努力すればすぐにでもカザム――ミスラたちの故郷へと旅立てるのだ。


 港同様に人が少ないのがジュノ上層である。私が初めてこの国に来たとき、城門の向こうに、威風堂々と立つ時計塔を見かけ、駆け寄り、嘆息しながら見上げたものだった。時計塔はジュノのシンボルである。細部にいたるまで丁寧に作られているにもかかわらず、全体のフォルムは力強い。これほど巨大な規模に均衡を行き届かせるには、神の如き俯瞰的視座が必要である。もし柵がなく、読者諸君が近くまで行かれるとしたら、きっと最も小さな表面彫刻の一つ一つですら、自分の身体の規模をゆうに超えていることに気づいて、驚嘆の声を漏らすだろう。


 柵の手前にヒュームの可愛らしい少女がいて、ここからだと金貨ほどの大きさに見える文字盤を眺めている。私は短針の上にもぞもぞと動く黒い人影を見た。「ガルムート兄ちゃん!」と少女が呼ばわると、人影が銅鑼(どら)のような大声で「コレット!」と呼び返す。あのたくましい上半身と、尻尾、それに胴間声は、紛れもない我が同輩――ガルカである。

 今下りていくからな、という言葉に嘘はなく、やもりのような人影が消えると、数秒と経たぬうちにガルカ氏が眼前に現れた。ガルムートは時計塔の整備士である。吊りバンドの間からのぞく胸筋は逞しく、機械油でうっすらと汚れている。コレットがお兄ちゃんと呼ぶのはむろん血縁ではなく、彼女のガルムートに対する親愛の度合いを表すものである。

 学校へはちゃんと行っているのか、とガルムートが何気なく尋ねた。う、うんと少女は返事を詰まらせる。少し気になったが話は流れてしまった。職人気質溢れるガルムートの話題は、やはり彼が従事している時計塔の仕事が中心である。彼は毎日毎日部品に機械油を塗って過ごす。見かけよりずっと繊細な時計塔は、少しでも手入れを怠ると鐘がうまく鳴らないそうなのだ。

 彼はずっと文字盤の上からこの街を眺めてきた。定時に通りを歩く綺麗な婦人に思いを寄せていたが、男と一緒にいるのを見つけてひどく気落ちしたりしたという。作業内容は単純だが、街のシンボルを管理する仕事は、彼の誇りを満足させた。苦労して磨くからこそ国中に響き渡る鐘である。東の空が白もうというころ、高らかな鐘の音を合図に、街が動き始めるのを見ると、自分が目覚まし番になったようで感無量だ、とガルムートは笑って私に言うのだった。


時計塔を見つめる少女

 整備士と仲良くなった私は、後日彼の家を訪ねた。ガルムートの家は上層の粗末な民家である。招き入れられた部屋の隅に雑多な品物が置かれてある。クランク、油さし、はさみなど。「ガラクタばっかりだろ」と彼は頭をかく。「でも、ある人から譲り受けた、大切なものばかりだ……おっとそっちは寝室だ、かんべん!」

「おーい、元気にやっとるかい」

 どこか飄々としたヒュームの老人が、扉を開けて入ってきた。ナリヒラの爺さん、とガルムートが呼ぶ。親愛の情がこもった憎まれ口の応酬の後で、「時計塔の鐘の音が、ちとばかしにごっとるようじゃな」と真顔で言う。そろそろ油をさしてやらんと、と助言するからには、このナリヒラ爺さんは、おそらくガルムートの上司か、それに近い存在に違いない。

「お、お前さんにも友人が尋ねてくるようになったか!」ナリヒラは私を見て目を細めた。「けっこうけっこう!」

「知っとるかおぬし……こいつは今ではこんなだが」

「やめてくれよ爺さん!」
 
 ガルムートは5年前、大望を抱いて上京した。勤勉のおかげで店を一軒持てるほどの蓄えを手にしたが、詐欺にあって一文無しになり、荒れていたところを、ナリヒラに拾われたという。文字通り時計の整備に心血を注ぎ、今では立派なナリヒラの後継者となった。ガルムートはうっとりとして、詩を朗読するように呟く。「サビを落として油をさして、一人でようやく仕事を終えたときに聞こえたひびき……」

「その、時計塔の油じゃがな」

 ナリヒラの顔つきを見ると、どうやらそれが来訪の本題らしかった。

「獣人どもが暴れとるせいで、どうも品薄らしいぞ」

 えっ大変だ、とガルムートは言う。時計は繊細だから、油をさして手入れを続けなければ、早晩おかしくなってしまうだろう。

 二人は声を落とし、内緒話を始める。その品物だが……天晶堂にならおそらく……。天晶堂? 耳にした名前だ。確か下層の宿へ行った時に、泊り客が口にしていた商業組織だ。どうも実体がよくわからないということからして、後ろぐらい印象を受ける。あるいは犯罪組織と表裏一体の存在かもしれない。

 私がバストゥークを訪ねたとき、港の倉庫裏で、やはり裏社会の組織とおぼしき連中と接触した。勇ましいヒュームの娘コーネリアに頼まれて、怪我をしたガルカのパラゴのために、亜鉛鉱を集めたものだ。一方ウィンダスの倉庫裏に集うのは、タルタルの少年少女たちだ。えらい違いである。ジュノやバストゥークのように、商業が活発になった国家には、裏組織の影が色濃い。これは経済的繁栄の代償なのだろうか。

 ガルムートは冒険者である私に、天晶堂へ行って、時計塔の油を入手してきてくれ、と頼む。そう言われても組織の場所は知らない。仕方ない、宿屋へもう一度行って、天晶堂に関する情報を集めなおすとしよう。

(03.05.30)
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