その141

キルトログ、謎の『天晶堂』へ出かける

 モグハウスからジュノ下層に出ると、競売所の手前右側の壁に、両開きの扉がある。目立たないが、ここが旅宿の『海神楼』である。

 『海神楼』は名前ほど大仰な建物ではなく、まっすぐ廊下が続き、左右に二、三の部屋を数える程度の規模である。日ごろゆったりしたモグハウスに寝泊りしていると、何だか窮屈に感じる。ジュノは橋の上にあるので、一般に他国にあるほどしっかりした構えの店は少ない。入り口脇のカウンターも貧相な感じで、ここには受付嬢のミスラが、せいぜい来客に愛想を振りまいて頑張っている。

 客室にいたタルタル嬢に話を聞いた。『天晶堂』という素敵なお店を探しているのだが、見つからない。ときどきここの受付で、紹介状のようなものを渡している人を見かけるが、尋ねても知らぬ存ぜぬとつれない。噂によると、「見えているのに見えないもの」が鍵だという。私には何のことか見当もつかないけれど、絶対に場所を突き止めてみせるわ。キーー!

 『海神楼』のカウンターでは、ささやかな小物が用意されており、ミスラ嬢も商品を勧めるのだが、何もここで「物を買う」とか、「今はいい」と答えるだけが能ではない(注1)。私は生来腹芸の得意なたちではないが、ミスラ嬢にはこちらの思いが通じたと見えて、にやりと笑ってから「天晶堂について知りたいとは、ただの旅人ではありませんね?」という。やはりここがかの秘密組織の窓口であったのだ。

 ミスラが簡単な説明をしてくれる。天晶堂は会員制の商業組織で、現在の党首アルドは、開祖である先代の息子にあたる。彼らは独自のルートで商品を集めているので、いきおい珍しい品も揃っているが、会員以外の人間には固く門戸を閉ざしている。彼らと取引をするには、会員から紹介状を貰うか、バストゥークの支部へ行って、天晶堂入会申込書を貰ってくるか、どちらかの方法を取らないといけない。どうもその支部というのは、私がバストゥークで関わった、あの倉庫裏の一団らしいのである。天晶堂とやらがなおのこときな臭く思えてきた。

 首を振りながら宿を出た。これからチョコボを借り出して、バストゥークにでも走ろうかと考える。そんな時にLeeshaに会って、たわむれに占いなどして貰っていたら、これまたぱったりとChyrisalisに出くわしてしまった。


 Chyrisalisが髭を震わせて笑っている。明らかに彼は何かを邪推している。私の半生はまだ短く、ささやかなものだが、彼のくつくつ笑いが何を意味しているのかくらいの想像はつく。

 占いは一種の遊びでしかない。しかもチュルルのそれは、別に異性同士を対象としているわけではない。ガルカはそもそも男性ではないのであって……。望むなら、私は何重にも正論を重ねることが出来るだろう。だが彼の目は完全に言い訳を拒絶している。このさい言葉は無意味である。私がやましかろうとそうでなかろうと関係ない。悪いことにこのような時は、言葉で説明しようとすればするだけうさん臭い目で見られる。世間の通例として、姦通の現場を押さえられた間男は、必ず自身の潔白を主張するものである――例え裸でも。そういう滑稽な輩がいるせいで、私のようにつましく、日々真っ当に生きているガルカが、こともあろうに同族の友人から疑惑の目で見られたりするわけだ。大いに迷惑な話である。

 私は敢えてChyrisalisに余計な説明をしなかったが、Leeshaと話して、一緒にチュルルのそばにさえいれば、彼女は相手の同意を得ることなく占ってくれることを知った。近くにいる赤の他人とでも相性を教えてくれるし、しかもその結果どころか、占いをしたという事実さえ相手に伝わることがない。そこで手当たり次第に相性を見て、さまざまな結果が出ることを面白がっていた。例えば眼前に座っているエルヴァーン氏とは、いち面識もないが、相性は「最悪」であるらしい。むろん通りがかりの冒険者とも、許可なく占ってみたし、中にはびっくりするほど良い結果の出る人もいる。

 もしかしたら読者諸氏は知りたがるかもしれないが、私とLeeshaとの占い結果は言うまい。これは彼女と私の個人的なことである。以上のように述べたら余計に邪推の目が向きそうだが、これだけは教えておいてかまわないだろう――Chyrisalisは、Leeshaよりずっと相性のよい相手だった。

 これをどう解釈するかは読者個人の裁量にお任せしたい。


Chyrisalisに出会う……

 ところで、我々がこの場に留まると、チュルルの商売の大きな迷惑となるので、三人で脇へよけて立ち話をした。いきおい新しいエリアの話となるが、二人とも余計な先入観を私に与えまいという配慮か、肝心の未知の部分については、慎重に情報を漏らさないようにしている。二人ともとうにゼプウェル島へも、エルシモ島――カザム――へも出かけている。私が腹を割って、彼らとこれらの土地の話ができるのは、いつになるだろうと考えてみるが、多分その頃には、なお彼らは活動領域を広げて、私の行っていないところへ行っているだろうし、私の知らないことを知っているだろう。

 カザムの飛空挺の話をする。二人がしきりに口を濁すが、飛空挺パスの入手条件は聞き出している。その情報が出回った当時は、ゲルスバ砦と、パルブロ鉱山と、ギデアスとが、大変に混雑したらしい。本当に15万ギル近くを出して、パスを購入した人もいたようである。もっともあらかた人間がカザムへ渡ってしまった今では、だいぶ状況が落ち着いているようだ。私がバストゥークに用事があるのだ、と話すと、ではどうせだから、パルブロで鍵でも入手するか、という話になった。助っ人があるなら大いにありがたい。実現するならミスラたちの故郷へ一歩近づくことになる。


 身づくろいも早々にチョコボに乗ろうとしたが、Chyrisalisは、どうせだからタクシーを使っていきましょう、という。タクシーとは賃金を取って旅客を遠くへ運ぶ商売だが、果たして彼は何のことを言っているのか。

「デムのクリスタルはお持ちですね?」と、彼が私に聞く。コンシュタット高地の例の奇岩で、台座の上で回る水晶から採取したクリスタルである。「ない」というと彼が泣きそうな顔をした。これはささやかな仕返しである。

 モグハウスの前にたむろしている冒険者のうち、Chrysalisは小さなタルタル嬢を捕まえて、何やら話している。そこで商談が成立したらしく、彼がつけとどけ――いくら贈ったのかは教えなかった――をすると、彼女が可愛らしい挨拶をしながら、我々のパーティへと入ってきた。

 彼女は我々に、彼女の周囲に集まるように言う。そしてテレポデムという白魔法を唱え出す。これは、デムのクリスタルを持つ者を、デムの岩の水晶のもとへ送り届ける魔法なのだ。

 Chyrisalisがタクシーと言った意味がわかった。冒険者の中にはこのように、テレポートの魔法が使えない者を対象に、各地に送り届けて、金銭を稼ぐ者もいるわけだ。なるほど需要があって、供給があれば、世の中なんでも商売になるものである。いくらが相場なのかは知らないが、たいした魔法を使えない私などには重宝する職業だ……それにしてもあの奇岩は、テレポートの力場を作り出す装置だったのか……

 私の思考は中断された。闇が周囲を包み、私は異空間へ――コンシュタット高地にある、デムの岩目がけて跳んでいた。


注1
 条件を満たすと「物を買う」「今はいい」の選択肢の下に、カーソルがいくようになります。それを選ぶと、受付のミスラが天晶堂のことを話してくれます。


(03.06.10)
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