その143

キルトログ、今度は銀の認識票を探す


 私が鉱山区から遠ざかっている間に、ちょっとした出来事があった。ガルカ族いちの年長者であり、「語り部」の代役でもあったウェライが、ある日忽然と姿を消したのである。彼はとうとう転生の旅へ出発したらしい。

 何だかがらんとした室内に、彼の被保護者であったグンバが、呆けたように立ち尽くしていた。

「落ち込んでなんかないよ」と気丈なことを言う。

「何となく、そんな気はしてたし……いつかはそんな日が来るってわかってたし。最近、元気なかったもん。お客さんが来たときは、そんなそぶり、見せないようにしてたみたいだけど……きっと、後に残る人たちのことが心配だったんだろうな」

 グンバは泣いていなかったが、所在なげに身体を揺らす様子は、ずっと寂しそうに見えた。

「相変わらず、お節介なやつだよ……」

グンバ

 思わずバベンのことが気にかかった。彼もまた、ウェライに負けぬ年長者である。いつ仲間の前から姿を消してもおかしくない。

 鉱山区の家々は、二階構造ではあるが、粗末でくすんだ木製の扉がうち並ぶので、果たして何処がバベンの家だったのか判然としない。個別に戸を開けていって中を伺う。こうして改めて顔ぶれを見てみると、随分と年長者の住民が多いことに気づく。若くて働き盛りのガルカは、鉱山でつるはしを振るっているか、物騒な武器を抱えて世界をぐるぐると回っているか、たいていどちらかなので、自然と年寄りが集まり、居住区の空気を寂れさせているのだろう。グンバや、グンバに対抗心を燃やすデッツォのような子供もいないわけではないが、まれな存在である。子供が鉱山区にいるのは、生活力の欠如が理由かもしれないし、あるいは単に同居人が好きなので、一緒に暮らしているだけかもしれない。聡明なグンバなどはきっと後者だろう――もっとも彼の好きだった人物は、もう二度と帰って来ることがないわけだけれど。


 ようやくバベンの家を見つけた。彼は無事であったが、私が顔を出しても、いつも通りの素っ気無い態度であった(きっと旅立つ瞬間まで彼はこの調子だろう)。いつぞやのパラゴとも出会って軽く挨拶を交わす。そこまで来ると、扉という扉を開けずにはいられなくなった。ある家屋を覗いたときだが、ガルカの老人の、まるい背中が見えたので、声をかけてみた。彼はうるさそうに振り返って声を荒げた。

「もうそのことはいいから……お嬢ちゃんじゃないのか」

 老人の名はパヴケと言った。私の声を女性のものと間違えるとは! 歳のせいで少々耳が遠くなっているのかもしれない。

 ところで私が、扉を開いたまま彼に正対しているとき、件の「お嬢ちゃん」とやらが家に入ってきた。年齢は成人したて、あるいはそれより若干若いくらいで、赤いチュニックを着、首に絹地のゆったりしたマフラーを巻いている。はて、鉱山区にヒューム、それも女性とは珍しいと思いきや、よくよく見れば、以前に倉庫――天晶堂に怒鳴り込んできた、おせっかい少女コーネリアなのであった。

「パヴケさん、身体の調子はどう?」
「歳は取っとるがね……身体が悪いなどとは、一言も言っておらんよ」
「あれはパラゴさんだっけ?」

 怪我をしていたのはパラゴだ。きっともう治っているに違いないが。

「まあいいや」とコーネリアは首を捻って、

「……それでね、大統領府に来てた冒険者たちに、銀の認識票のことを聞いてみたんだけど……」
「お嬢ちゃん、そりゃ無理ってもんだ」
「誰も知らないって」
「そうだろう。15年も前の事故で、行方不明になった友人たちの形見だからね」

「あきらめちゃ駄目ですよ!」と、コーネリアは拳を振り上げた。
「きっと見つかると思うわ」

 そして彼女は、今ここにようやく、もう一人冒険者がいるということに気づき、貴方は知らないかしら、と尋ねてくる。パヴケの職業は鉱夫で、20年前パルブロ鉱山で働いていたが、爆発事故と同時にクゥダフの襲撃を受け、命からがら脱出したのだそうだ。その際に何人かの仲間は命を落とした。よき時代の思い出、せめてもの形見として、彼らが身につけていた銀の認識票を探しているのだと言う。

 私は残念ながら知らないと答えた。

 コーネリアは、もしそれを見つけてくれたら、謝礼を出そうと申し出た。いかに善意とはいえ、これは老人のプライドを激しく傷つけたらしい。パヴケは激怒して、そんなことをして貰う筋合いはない、と怒鳴り、いささか気落ちしたコーネリアは、他の冒険者に話を聞いてくるわと、逃げるように扉から出て行った。パヴケがつぶやく。

「困ったものだ……あのお嬢ちゃんにも……」

 
 私はパルブロに舞い戻った。パヴケは期待していないふうだったが、私には確信があった。あそこでは100年前の工具箱ですら見つかったのである。たかだか15年前の遺留品が残ってる可能性は十分あると思われた。もし銀の認識票とやらが、きらきら光る性質のものなら、馬鹿な獣人が拾い上げて、後生大事に持っていることも考えられる。従って私のやる事はやはり一つ――前日通り、鉱山の奥にて、ひたすらクゥダフを倒し続けることである。

認識票を回収せよ!

 少々時間はかかったが、私の読み通り、一体のクゥダフの死体から、銀の認識票が見つかった。私は早々とこの気持ちの悪い鉱山を立ち去った。

 パヴケの家に戻り、鼻先に認識票をちゃらりとぶら下げてみせると、パヴケ翁はおお、と目を輝かせて、これは少ないが、と前置きをし、私の手に550ギルを握らせた。この貧乏な老人からすれば、大変な金額であるに違いない。退出しようとする私に、老人は、仲間のぶんがまた見つかったら持って来てくれ、と声をかける。改めてパルブロを探索することなんぞは屁でもないが、あまり思い出を売りつけるのも考えものだ。ほどほどにしておかないと、仲間の認識票が全て揃う頃には、この人好きのする老人が破産してしまっていることだろう。


 家を出た私を待っていたのは、コーネリアであった。彼女は壁に背をもたれさせている。おせっかいな発言をしたことを反省しており、パヴケに顔を合わせるのをためらっているのだ――もっとも彼女の場合、おせっかいなのは今に始まったことではないが。

 善良で人のいいコーネリアは、この国の歴史を学ぶにつれて、ヒューム族が、いかにガルカ族に対して、ひどい仕打ちをしてきたかを思い知り、彼女なりのやり方で、ガルカたちに報いようと考えているらしい。彼女は少々頭に血の上りやすいタイプで、「これと決めるとまわりが見えなくなってしまう」のだそうだ。私には彼女の気持ちがわかる。今だに偏見を隠さず、冷淡な態度を取る者たちよりずっと好ましいと思う。だが一方で、これまでの人生において、徹底してヒューム不信に陥ったガルカたちが、彼女の言動に苛立つ気持ちもまたわかる。特に老人は、いかに善意からであれ、自分の人生に土足で踏み込まれることを極端に嫌うものなのだ。

「私、少しでもヒュームとガルカの壁を取り除ければな、って思うのだけど……あれ、ちょっと話しすぎたね、じゃあ、またね!」

 彼女は朗らかに手を振って去っていった。私は港区へ向かう。当初の予定通り、天晶堂へ行って、入会案内書を貰って来なければならないのだ。
(03.06.20)
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