| その146 キルトログ、コロロカの洞門を突破する(1) コロロカの洞門は、混雑してこそいなかったが、かといって閑散としているわけでもなかった。前情報通り、確かに私くらいの強さと思しき冒険者たちが、海蜘蛛などを相手に腕を磨いていた。彼らの目には我々も同類に映ったかもしれない。しかし鍛錬を始めるにしては、全員のレベルに幅があったし、視線はモンスターを越えて、遠くにあるもの――暗がりの果てしなく向こうにあるもの――を見据えていた。 私が前回逃げ帰った地点は程なく通り過ぎた。そのさい醜いジェリーを屠ったので、ひとりで敵わないから仲間を引き連れて戻ってきた、みたいな格好ではあったが、この間の仕返しをすることが出来た。Leeshaからは、この洞窟には、屈強な巨人がいて、通り抜けるときの最大の障害なのだ、と聞いていた。なるほど前方の闇の中に、クフィム島で見かけた、あの血色の悪い巨体が浮かび上がった。我々は敢えて危険を冒さず、スニークという足音を消す魔法と、インビジという姿を消す魔法を何人かにかけて、効力の切れないうちに通り過ぎようとした(余談だが、この二つのうち、スニークの方は、ゼプウェル本島に到達したあと、最大の威力を発揮することになるのである)。 Sifが走り抜けたとき、巨人に見つかり、岩をぶつけられたので、全員で襲い掛からねばならなかった。巨人は、クフィム島に生息するものよりずっと頑丈で手ごわかった。なるほどジェリーのようなのは論外としても、これだけ強力な敵が徘徊しているなら、単身で洞窟を突破するのは確かに至難の業であろう。 だが我々は8人もいた。巨人を何とか倒し、体力と精神力を回復して、なお先へ進む。暗闇の中から次々に現れ出る種々の珊瑚がとても面白い。まつたけのように屹立していたり、ウチワサボテンのように水々しかったり。私は知ったかぶって、これらが「ウミサボテン」だとでたらめを言ったが、その冗談が本当に思われるほど、確かに数々のサボテンのように、かたちも大きさも多種多様なのであった。 ところで、傘をかぶったキノコのような珊瑚を見かけたとき、タルタル姉妹が立ち止まって、こんな帽子が欲しいなあ、と息をついた。私は笑ってしまった。ご存知のようにタルタル族は無類の帽子好きで知られているのである。
やがて前方から水音が響いてきた。「滝だあ!」とApricotが声を漏らす。なるほど高さはさほどないが、地下水が岩壁から吹き出し、ちょっとした滝となって流れているのであった。海水かな、淡水かしらという話題でしばらく持ちきりになる。現時点でどこまで来ているのか、地図がないから定かではないが、この洞窟は海の底を潜って続く。自分の頭上に大海原が広がっているという考えは私を奇妙な気分にさせた。透き通った水の迸りは、皆の気持ちを大いにリフレッシュさせたようだ。我々は一息ついて、さあ行こうと腰を上げた。何しろ先は長い。道半ばどころか、まだ10分の1の道程も越えていないと思われた。
滝を越えて行くと、Librossがかねてから私にぜひ見せたいと思っていたものがある、という。当然のことながら皆が興味を覚えた。この先の洞窟を左に折れて下さいというので、そうした。そっちは道が違うよ、という声が後ろでしたが、時すでに遅く、私とタルタル姉妹は奥まで走ってしまっていて、小広くなった洞窟に興味深いものを発見した。
その珊瑚は血しぶきのように見えた。洞窟の中の色彩がおおむね暗いので、余計に色鮮やかに映った。コロロカの洞門は、かつてゼプウェル島から逃げてきたガルカたちが、道半ばにして獣人アンティカ族に討たれた、無念の場所として人口に膾炙している。伝承では、洞門内の珊瑚は、ガルカの血を吸って紅に染まったのだ、と伝えた。目の前にあるのがまさにそれであった。 私はその言い伝えを本気で受け取ろうとは思わない。何しろはるか600年前の出来事である。それにしては、珊瑚は毒々しいほどの朱色を保ち続けているではないか。コロロカの洞門はひときわ血なまぐさい因縁の土地なのだが、長い年月の果てに、死の痕跡の大半が消え去っていた。もしこの洞門の伝説など、何も知らぬ旅人が――そのような者がいるとしてだが――洞窟を抜けていった場合、大陸にある他の場所と比べて、特別に暗い印象を抱くとは思われなかった。ヴァナ・ディールは危険の横溢する世界だ。極端に言えば、血なまぐさくなく、呪われていない土地など一つもないのだ。何もコロロカの洞門だけが特別な因縁を持つわけではない。 きっとここを訪れた者たちは、美しくも毒々しい紅の珊瑚を見て、自分たちが知っている悲劇の歴史を連想したのであろう。それは容易に想像出来た。他に600年前の痕跡はない。結局のところ、この珊瑚だけが、ガルカの無念を伝える、唯一の証明のように思われたに違いない。 だがLibrossの考えに従えば、私の結論は間違っていた。 (03.06.29)
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