その147

キルトログ、コロロカの洞門を突破する(2)

 珊瑚の輝く洞窟からも道は続いていたが、そちらは方角が違うらしいので、我々は本道に戻り、Librossの指示のもとに正しい角を曲がった。

 洞窟は先刻のそれより若干狭く感じられた。右に細い脇道が続いている。Librossがその奥を指差し、御覧なさいというので覗いてみた。道の先は小さな広間になっており、そこを巨大な生き物が徘徊している。生き物は地面から幾分か浮いており、うねうねと触手を脈打たせていた。何しろ距離があって細かい部分はよく見えなかったが、それでも相当な巨体であることはわかった。矛を交えて気持ちのいい敵でないのは察して余りある。Librossが、これは確かに見せたいものの一つだが、おまけに過ぎないというので、我々は敢えて危険を冒さず、先へ進むことにした。


空中を漂う怪物

 Librossが案内する先にはまだ興味深いものがあった。やはり小さな広間にたどり着いたのだが、巨大な二枚貝があって、周期的に口を開閉させているのである。EliceとApricotが興味深そうに中を覗き込むのだが、彼女たちくらいなら軽く中に寝そべれそうなほどの大きさだ。その機能的構造と機械的な動きからして、この貝が生き物として自然の営みを続けているようには見えない。要するに何らかの魔法の装置のようなものかもしれない。しかし先導者たちの誰もこの貝が何なのかについて知る者はいなかった。

謎の二枚貝

 道はまだ奥に続く。今度こそ本当に見せたいものだ、とLibrossが断言する。先刻の二種の生き物からして、どれほどの珍種が待っているものと思いきや、岩の橋の手前で彼は立ち止まり、眼下の通路を指差すのであった。

 そこに特別なものは見えなかった。少なくとも珊瑚や、軟体怪物や、二枚貝のように珍しいものは見えなかった。いたのは死霊であった。ボギーが醜い身体を浮かせている。その数が尋常でない。右にも左にも、およそ5匹ずつもいたであろうか。これほどのボギーが一堂に会しているのを見るのは初めてだった。このような場所へ下りていって、あの呪われた姿に直面することを考えただけでおぞましいと感じた。

 ところでこれがLibrossの見せたかったものなのである。ボギーそのものは特別珍しい敵ではない。彼の真意は何であろうか。

「ボギーの正体は幽霊……死霊です」と彼は言う。「ここで死んだのは誰ですか?」

 そこで私ははっと顔を上げた。Librossがこくりと頷いた。

「もし死霊が、転生の輪を外れた存在ならば、あのボギーの正体はいったい何なのでしょうか。これが私の見せたかったものなのです」

 途端に場が沸き、ガルカとは一体何であるのか、どのような存在であるのかについて議論が巻き起こった。ガルカは転生をするのだが、それがどのように行われるかは誰も――ガルカ本人ですら――知らなかった。具体的には、魂が再び現世に転生する際、その肉体が何処からどのように生まれるのか、が最大の謎だった。復活したガルカは肉体を持たねばならぬ。だがそれは突如出現するのだろうか? 他の人類は親子の関係を持つので、物質的な連続性を保っている。Apricotは、ガルカは転生の旅の果てに卵となり、再び孵化して復活するのではないかと考えていた。誰も見たことがないのだからいろいろな解釈が成り立つが、なるほどこれは、ガルカが部分的に爬虫類のような形質を持つ証明のようにも思われる。

 ガルカの誕生について私は独自の考えを持っていた。我々の一生は、通常他の人間たちが考える一生とは共通しない。我々は霊に帰り、また肉体のある身へ戻ってくるのだ。霊としての期間は死ではない。無ではない。それは過程の途中なのであり、立派なサイクルの一環である。肉体が消滅した状態も一生のうちとみなさないのは、それによって人生が終わると考える他種族ならではの発想に思われた。ガルカにとって死は、夜が到来するのと同じことなのだ。太陽が昇り、沈み、また昇るまでが一日であるように(むろん「日没」の恐怖は存在する。ただし他種族と「人生」に対する捉え方が違うのは事実である)。

 私は、霊とは一種のエネルギー体であると認識している。エネルギーが実体化する例は、ヴァナ・ディールにおいて少なからずある。例えば召還獣やエレメンタルは、何処か違う次元から姿を現すのだと考えられている。もう一つの例が幽霊――死霊である。さほど多くはないが、私は何度か霊を相手に斧を振るってきた。物質的な方法ではさしたるダメージは与えられないとはいえ、手ごたえは確実に存在し、奴らの「死」を導く。だとすれば、死霊とみなされている存在も、若干の物質的属性を備えているわけである。これはガルカの誕生と死を考える点において重要な示唆になりはしないだろうか。

 Librossの考えにはいくらかの抜け道がある。例えば死霊どもは、ガルカの死の匂いに呼ばれてやって来たのだとも考えられる。死霊というのはしばしば、洞窟の中のように、物質的流動性の薄い場所に、澱むように溜まる傾向があるからだ。

 にもかかわらず、私は彼の考えにショックを覚えた。それは必ずしも、かつての仲間であり、先輩であり、先祖たちが、あのような醜い姿になって徘徊しているというおぞましい可能性についてではなかった。私は死について考えながら、結局夜の側面に関しては、他種族同様無知なのであった。ガルカは輪廻を保証された存在だ、というのが私の認識であった。それは何処か死を楽天的なものにしたし、死に対して、比較的超然とした態度を保つことを可能にした。

 だがもしかしたら、停滞することもあり得るのだ。転生の輪を外れて、死霊の姿となり、「澱むように溜まる」かもしれないのだ。それは魂の消滅も同然である。恐ろしい発想だった。だが改めて考えれば、ヒュームも、エルヴァーンも、タルタルも、ミスラも、魂の消滅という恐怖を前提に日々生きているのだ。彼らは昼の終わりが、永遠の闇に直結するかもしれない可能性を否定できない。二度と朝が来なかったら? 何しろ来世を保証するものは何も存在しないのだ。

 私はここへ来て、やっと死が判ったと思った。他種族の死に対する認識が理解できると思った。人類が永遠の恐怖に立ち向かうには、たとえ真実でなくとも、アルタナの約束という名の盾が必要だったのだろう。弱き者たちのために。

 ガルカを含めて。

眼下にボギーが……

 橋を渡った先で、Eliceが巨人に見つかり、危うく命を落とすところだったが、他にさしたるピンチは訪れなかった。洞窟の道は坂になり、地面に白い砂が混ざり出した。出口が近いしるしだった。

 いよいよゼプウェル本島が眼前に迫った。Pivoがそっと私に耳打ちした――「どんな気分ですか?」と。私はまだ実感が沸いていなかった。それでも足元で音を立てる砂の粒が、確実にゼプウェル島から吹き込んだものであるという事実に、奇妙な興奮を覚えているのは事実だった。

 我々は遂にコロロカの洞門を突破した。一人のガルカがいま、故郷へと戻ってきたのだ。Librossが注意事項を挙げ始めた。何しろ洞窟の先にある砂漠の危険は、これまでの比ではないのだから。皆は急いで坂を駆け上がったが、私は一歩一歩を確かめるように、つとめてゆっくりと歩いた。気持ちを落ち着けるため、私は時計にそっと目をやった。もし白昼の間に危険な砂漠を突破できるなら、それに越したことはなかったからだ。

 だが時刻は夜中の零時だった。フィールドを突破するには、最悪の時間帯であった。

(03.06.29)
Copyright (C) 2003 SQUARE ENIX CO., LTD. All Rights Reserved.
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送