その149 キルトログ、アルテパ砂漠をさまよう(2)
それは「都跡」という言葉が喚起するイメージのせいだろう。読者諸氏はきっと、巨大な城砦や民家の廃墟が立ち並ぶ光景を想像されるに違いない。しかし私の目の前にあるのは、ほどなく突き当たり、左へ折れている通路だけであった。角を曲がると、天井が崩れて砂がさらさらと降り落ちていた。被征服地であるこの遺跡は、アンティカどもに散々蹂躙され、陵辱されている。それは今にいたるまで連綿と続く、ガルカ族の屈辱の歴史でもあった。 好奇心旺盛なタルタル姉妹たちが、通路の先に駆けていこうとしたのを、Librossが押し止めた。この奥は余りに危険過ぎるという。確かにいま我々がアンティカどもを相手にして、勝負になるとは思えない。我々はおとなしく砂漠の旅へと戻った。私は何気なくゲートを潜り、もと来た通路を遡ったが、思いがけない敵を眼前に認めてぎょっと立ちすくんだ。アンティカの衛兵が、すぐ目の前をうろついていたのだった。
心臓が凍りついた。確実に殺される、と思った。しかし奴は襲ってこない。我々を敵と認知するどころか、どうも察知すらしている様子がない。暫くして気づいた。足音のせいである。アンティカ族は生来盲目で、敏感な聴覚だけを頼みにしているのだ。Leeshaがこまめにスニークをかけて回って、足音を消しているのが何故か、やっとわかった。もっとも魔法がそう長く持つわけではないので、そそくさと通り過ぎねばならなかったが、おかげで安全にもとの砂漠まで戻ることが出来た。 さすがにLibrossやSifは、隠密魔法の効能とありがたみをよく知っていた。アルテパ砂漠のように危険な地域では、さりげない魔法や道具の一つ一つが、一命を左右することにもなりかねない。Librossは言う。アンティカはスニークで避けられるからまだ話がはやい。しかし、マンティコアのように恐ろしい怪物となると、一度襲われたらまず絶対に生きて帰れないだろう、と強く断言するのだった。 そのマンティコアを我々は目撃した。遥か遠くからではあったが、雲をつくような巨体、蝙蝠のような翼を生やした背中、蠍の如き棘つきの尻尾を見た。我々は怖気を奮って、急いで駆け抜けた。そのぬし然とした容姿から、私はマンティコアが、エリアに単体の生き物なのだと思い込んでいたが、後に別の箇所でも姿を見かけた。もしかしたら数体が砂漠をうろついているのかもしれない。幸いなのはその巨体が遠くからすぐと見分けがつくことだが、過去、砂漠同様に見晴らしがいいはずの高原や高地で、さんざん大羊の恐怖を味わった経験からすれば、あまり慰めにもならないように思われた。 やがて我々は緑を見つけた。オアシスである。集落を期待できそうなほど広くはないようなので、目的地のラバオとは思えない。とはいえ強行軍を続けた我々は水が恋しくなっていた。Pivoが真っ先に駆け寄ろうとしたが、ふと手前で立ち止まる。泉でゴブリンどもが涼んでいるのが見えたからだ。彼は苦々しく悪態をつきながら戻ってきた。この暑さに参るのは何も人間ばかりではないということだろう。私は思わず笑ってしまった。
オアシスから西に目をやると、赤い天幕が張られているのが伺えた。我々はそちらへ進路をとった。 天幕の前に衛兵が詰めていた。ここはコンクエスト拠点――アウトポストである。ゼプウェル島を含むクゾッツ地方は、エリア解禁以来、コンクエスト用地の一つに加わっているのだ。サンドリアの紅の旗が誇らしげに翻っているため、同国出身のLeeshaやLibrossは満足げであった。彼らはおつきの商人との売買や、シグネットのかけなおしなど、公共サービスを無償で受けることが出来る。一方他国人である私やApricotは、ホームポイント設定をして貰うにもギルを払わなくてはならない。 それはせいぜい200ギル程度で、大して高い額でもないが、私はホームポイントをバストゥークから動かさないことにした。もしラバオに行き着く前に命を落としたとしよう。私はホームポイントに戻ってくるはめになるが、この天幕の前に復活した場合、周囲の敵が強すぎて、身動きが取れなくなってしまう可能性があった。一般に、自分から見て強すぎるモンスターが多い場所では、ホームポイント設定をしないのが定石とされている。私は素直にそれに従った。一方Sifは衛兵に設定を頼んだようだが、このやり取りの不始末が後で尾を引くとは、さすがにこの時は一行の誰もが予想しなかったことだった。
我々はしばらく休んでから、再び出発した。多少の紆余曲折があったかもしれないが、私が進んできた道は、結果的に間違っていなかった。旅人の中継地であるアウトポストは、次のエリアへ続く道の途上にあるのが普通だからである。私は出口を探した。西へ抜ける道はすぐ見つかった。我々は意気揚々と西アルテパ砂漠へ向かった。私はほっと胸を撫で下ろしていた――とはいえ、危険な砂漠の旅は、いまようやく半分の道程を過ぎたばかりで、まだ決して終わったわけではないのだった。 (03.07.03)
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