その150

キルトログ、アルテパ砂漠をさまよう(3)

 西アルテパ砂漠に入った。このエリアの何処かにラバオが存在するはずであるが、相変わらず砂漠は広大で、オアシスが何処にあるのか見当もつかない。

 これまでどおり西へ向かって歩く。右手の地下に遺跡が見え、衛兵らしきアンティカがうろついている。流砂洞同様、ガルカの古代遺跡なのだろうか? Leeshaたちがこまめにかけてくれるスニークのせいで、我々の存在が獣人に気取られることはない。だがやはり強力なアンティカの眼前を通るのは肝の冷える行為だ。魔法が突然効力を無くしはしないかと気が気でない。私は獣人を避け歩き続ける。方角があっているのかどうか確信が持てないけれど、LibrossもSifもLeeshaも終始無言で私の判断に任せている。それが余計に私にプレッシャーを与えるのだ。

 砂漠に入ってかるく一昼夜は過ぎたろうか。太陽はじりじりと照りつけ、鎧の隙間に入った砂粒が肌を刺す。下着はじっとりと湿っているし、ブーツや手袋の中がむれてたまらない。冒険者は皆、ちょっとやそっとの天候で体力を失うほどやわではないが、早くオアシスに入って涼むのに越したことはない。あまり時間をかけると、疲れのあまり途中で眠ってしまう者も出てくるかもしれない。


 面白い遺跡を見つけた。それぞれ赤、青、黄、緑の色のついた石柱が四本ならび、天を衝いている。人為的に配色を施されたことは疑いの余地がない。もっともその意図に関しては謎であるが。柱そのものが何かの目印ないし装置なのか、それとも呪術的な意味あいを持つ単なるモニュメントか。


四色の石柱

 ここから暫く北上してのち、パーティからはぐれた何人かを待った。ついでに休憩を取ることにする。スニークをかけ続けるため、白魔道士の精神力の消耗は激しい。それでなくても長い旅である。定期的に休みを入れることは重要だろう。

 Leeshaらがうずくまるあいだ、私は周囲を見やった。南に疾走する小柄な人影を認めた。殉教者のように両手を水平に伸ばしている。その非人間的な上半身のかたちと、人間的な下半身の動きの調和が、私をぞっとさせた。それはサボテンダーという、文字通りサボテンの妖怪である。奴らは獣人同様好戦的であり、感極まると身体の針を一斉に飛ばしてくる恐ろしい習性を持つ(注1)。その「針千本」は、今の私程度なら一瞬で昇天させるくらいの威力なのではないか。もっとも奴らが感極まるまで私の体力が持てばの話だが。

 今思うと、それは長い旅の間に訪れたほとんど唯一の――しかし致命的な――油断だった。友人との談笑の最中にも、私は周囲の安全確認を少しでも怠ってはならなかったのだ。

 ごちん、と金属を叩く鈍い音がして、私はふらついた。振り返ると、へちまのような緑の生き物が私を見上げていた。その意味を全員がいちどきに察した。恐慌が広がった。サボテンダーが近くを走っているのは知っていたではないか! 何という馬鹿げたミスだろう。脳が回転を始めた――しかし、かくも強力なモンスターを前にして、何も策の取りようがないことなど、考える前から明らかだった。

 サボテンダーは真に強力だった。マンドラゴラなみの小柄な身体のどこから、破城槌のような怪力が沸いてくるのか、まったく不思議な生き物だ。がん、がんという音とともに、私の体力はみるみる減っていく。ここまで絶望的な状況だと、人間はかえって冷静になれるらしい。私はとりあえず逃げてみたが、この鈍足でモンスターを振り切ったことなど、これまでにただの一度もないのだった。

 死体が砂の上に転がった。標的にされていたにもかかわらず、私は最初の犠牲者ではなかったが、すぐ仲間たちの後を追った。残りのメンバーは必死に逃亡をはかっているようだ。多くはサボテンダーの拳と蹴りに耐えられず、私の傍らであっけなく死んだ。Ragnarokは遠くへと走り去ったが、結局やられてしまったのがわかった。唯一生き残っているのはLibrossである。私は彼も死んでしまうだろうと思っていた。そして我々は全滅するだろう。我々は親切な旅人を待たずして、バストゥークに復活し、ラバオへの旅を仕切りなおすだろう。おそらくまた日を改めて……。

 だが私の予想通りにはならなかった。

 驚いたことにLibrossは無傷で戻ってきた。一体どうやって恐ろしい妖怪をやり過ごしたのかはわからない。不幸中の幸いだったのは、生き残ったのが彼だったことだ。Librossはレイズが使える! これは戦士の私なんぞが生き残るのとはわけが違う。

 ただし、レイズは膨大な精神力を消耗するのだった。休んで回復し、また使えるようになるまで、かなりの時間を要する。一人一人生き返らせることは確かに可能だが、モンスターの闊歩する砂漠で長時間座り続けるのがどれだけ危険か、考えてみるとよろしい。しかもレイズは、復活後しばらく肉体が慣れず、虚弱な状態が続く。その体力を回復させるためにも精神力がいる。結局Librossはひとり車輪のように働き、呪文を唱えては座り、起き上がっては呪文を唱えた。彼が優先的に復活させたのはもちろんLeeshaだった。彼女が戦力になるまで少なくない時間が必要だったが、二人になると一気に仕事は楽になり、私の魂もふわりと浮かび上がって、汗ばんだ肉体とともに再び地上へと戻ってきた。


一敗地にまみれる

 ところで、こうした白魔道士の負担を少しでも減らそうと考えたのがSifである。彼は先刻、東アルテパ砂漠のアウトポストで、ホームポイントの設定を行っていた。道を知っている自分なら、復活して走ってきた方が早いだろう、と考えて、ホームポイントに戻った。ところがこれがひどい勘違いであった。次の瞬間、彼はバストゥークに帰還した。手続きの何処かでミスがあったのだ。そのとき、我々は復活を終えていなかったが、危険なので途中まで引き返して合流しよう、と申し出た。彼はそれを断った。結局単身でコロロカを抜け、色つきの柱のもとにやって来たのである。さすがに少々時間を有した。その頃までには我々は完全にもとの体力を回復していた。

 Sifの帰参を待つあいだ、私は思案していた。Apricotとともに、東から西へ走っていく冒険者たちを見た。この示唆するところは二つしかない。街から出てきたか、街へ向かっているか。一体どっちだろう、という話を私は彼女としていたけれど、さすがに見るに見かねて、Librossが忠告した。西には恐ろしいモンスターがいて、全滅の可能性があると。そのくせ私に歩かせることをやめて、ラバオまで案内しようとはしないのだ。危険は去ったからルールは続行する、というのが頑固な彼の言い分であった。


 我々は東へ歩き始めた。酒瓶かギターを連想させる、のっぽだが下膨れのサボテンが群生していた。Apricotが北へ駆けていこうとしたけれど、私は呼び戻して東への旅を促した。日は既にとっぷりと暮れていた。砂漠へ入って何度目の夜だろうか? 行き届いた回復魔法にもかかわらず、蓄積した疲労が全身を支配していた。それでも両足が動くのは、オアシスが、ラバオが近いという希望のせいだった。私はもはやゼプウェル人――我が同胞のことなど気にしていなかった。もし泉のそばに待つのが、小汚いゴブリンの商人だったとしても、きっと抱きついてキスの雨を降らせていただろう。

 やがて我々は前方に灯火をみとめた。暖かい弱い光が松明を思わせた。私とPivoはそれっと走っていった。しかし集落の影もかたちもない。私は肩を落とし、光を放っていた不思議な岩を眺めた。それはギブブ灯台――ブブリム半島にある光る柱岩――を思わせたが、よく見ると光源は水晶ではなくて、くり貫かれた岩の中にあるのだった。しばらく立ち止まって光を見つめていたものの、それが魔法の力によるのかどうかは判断がつかなかった。

謎の灯石。
ギブブ灯台とは仕組みが違うようだが……

 灯石が何かの目印だと踏んだ予想は外れ、私は砂浜をぐるりと回っただけで戻ってきた。ここは袋小路なのだ。道を逆に辿るしかなかった。しかし、あの我々の「墓場」からこっち、脇道があっただろうか? 基本的に一本道が続いていたはずなのだが……。

 「南ではないとすると……」というのが、Librossのヒントだった。

 最後のヒントだった。

 北への道!

 我々はギター・サボテンの林に戻った。全員が走っていた。せかされるように走っていた。Apricotが辿った道を北上する。いつしか幅は狭まり、下り始めた。まるで流砂洞へ入るような感覚だった。私は再び逡巡した。(オアシスが地下にあるだろうか?)だがその問いは無意味だった。これが何かの入り口であることは、冒険者の経験が告げていたし、殺伐とした地下迷宮でないこともまた明らかだったからだ

 やがて視界が開けた。我々の眼前に飛び込んできたもの……。

「おお!」

 仲間が口々に感動の声を漏らした。 私も言わせて貰おう。信心深くないのに申し訳ないが――女神よ、我々は遂にアルテパ砂漠を突破し、目的地のラバオへ辿りついたのだ!!

注1
 FFシリーズ恒例の、サボテンダーの必殺技「針千本」は、ちょうど1000ダメージを相手に与える強力な物理攻撃です。


(03.07.07)
Copyright (C) 2003 SQUARE ENIX CO., LTD. All Rights Reserved.
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送