その156

キルトログ、再びKewellとシャクラミの地下迷宮に臨む

 ギデアスの路肩で目を覚ました私は、全身の埃を払って、ウィンダスまで駆け戻った。Leeshaから私宛にメッセージが届いていた(注1)。どうやら彼女もあれに巻き込まれたらしい。幸いに私よりずっと早く立ち直って、獣人都市を脱出した様子だ。彼女と直接話そうと思ったがどこにもいないようである。代わりにというのも妙だが、懐かしいKewellがサンドリアに滞在しているのを発見したので、遠くからではあったが話しかけてみることにした(注2)

 今回私はギデアスに出かけたわけだが、パルブロ鉱山では、Kewellも私と一緒に鍵を入手していた。彼女にとってはあれが一本目であったはずだ。だがKewellはとうに3本を集めて、ミスラの里を巡ってきたらしい。いかに私がもたついているかの証明である。むろん彼女の成功を喜ぶべきではあるが、異郷の地を二人で見られるかもしれない、と考えていた私にとっては、正直な話、少々寂しいニュースでもあった。

 私が今ウィンダスにいることを告げると、えらく遠いねと彼女は笑った。その後どうもこちらへ移動を始めたようである。ギデアスの鍵だけがまだ足りないのだ、と私が言ったら、もう飛空挺へ乗ってしまった、と言う。飛空挺は常にジュノ経由である。三国を直接繋ぐ便は出ていない。それで私は、Kewellがジュノで下り、ウィンダス行きの便に乗るまでしばらく待つことにした。二人でいったい何をするのか? Kewellは私にこう尋ねてきた。

「今からシャクラミへ行ける?」

 もちろん、と私は答えた(多少のはったりは入っていたが)。彼女がこう聞く理由は一つしかない。プルナイト貝を採りに行こうというのだ。前回二人で行って散々な目にあった、その仕切りなおしというわけだ。当時22レベルだった私は既に28レベルとなっている。27だったKewellも37レベルで、こちらは一段と強い。

 私はジョブチェンジをし、戦士の装備にすっかり着替えて、飛空挺会社で彼女を待った。Kewellもそうだと思うが、彼女との冒険は、いつも両者に特別な感慨をもたらすのだ。


横たわる裂け目。
洞窟の奥には霧がかかっている

 そういえばここのところずっとシャクラミだな、と私は思った。今回はメイズ・メイカーに用はないのだが、散々旨みを吸ってきた相手だけに、脇を素通りすると少々後ろ髪のひかれる想いがする。

 前回のプルナイト貝の探索は、てんででたらめに歩き回っていただけだったが、今回は計画的に行くことにした。たいした進歩である。2回目というのもきっと大きいのだが、それ以上に、二人ともレベルが上がったからだろう。注意しなければならないモンスターの数がぐんと減った。強さというのは実に偉大である。

 「プルナイト貝はF-8の場所にある」というのは、前回も得ていた情報だったが、一筋縄ではたどり着けないこともまた、前回学習した(死を以て!)。迷宮は多重構造になっているし、地図は2枚に分かれていて、お互いの接点がわかりづらい。それに地図では通れるようでも、実際にはひどい段差があったりして、物理的に通ることができない、などということもある。この点においては、なるほどシャクラミは地下迷宮であり、看板に決して偽りはないようである。

 ところで目的の場所へたどり着くのには、「落とし穴」を利用しないといけないんじゃないか、という可能性も考えていた。行き止まりの通路などに穴が開いており、飛び降りると下の層へ行ける、という仕掛けは、ギデアスなどでも見られるのである。結果的に言うとこれは間違っていた。地面に裂け目はいくつもあったが、とても飛び降りれそうなものではない。私は地図上のあらゆる行き止まり通路をチェックして、落とし穴の仕掛けがないことを確認した(通路の半ばに口を開けている可能性はあるが、まずあり得ないと考えていいだろう)。

 改めて思うが、シャクラミというのはいやらしい場所だ。カーニバラス・クロウラーやグールに象徴されるように、ここは腐土に埋まった死の匂いがする。そうした不浄のモンスターは吐き気をもよおす存在だが、とりわけいやらしいのはジェリーだ。この感情はコロロカの洞門を追い返された個人的体験に基づく。あれ以来ぶよぶよした不定形の化け物が心底嫌いになってしまった。それがシャクラミでは、狭い通路に二匹も這い回っていたりするのである。結局私は無理をせず、道を迂回した。迂回できたからまだいいものの、コロロカのように、ジェリーのせいで通過できないなどということも起こり得るのだ。そう考えて私はますます嫌な気持ちに陥るのだった。


通路の奥にジェリーが……

 シャクラミの隅々まで探索し、地図を付き合わせて試行錯誤した結果、私の脳の中でF-8への道が形を取り始めた。そのとき我々は最後の洞窟にいた。最後の、というのは、ブブリム半島へ抜ける出口に繋がるという意味だ。どうも我々の目的地は、簡単に到達できるような生易しい場所ではなくて、この迷宮を突破するのと同じくらいの試練を必要とするらしい。二人とも過程を甘く見ていたということだろう。

 さて、ここからが問題だった。ここに至るまでずっとおとなしく、脇を飛んでいただけのコウモリが、突然私に襲い掛かってきたのである。これを撃退してのち、私はChyrisalisと冒険にやって来たときの顛末を思い出した。あの時は何が何だかわけがわからなかったが、いま私は、シャクラミの地下迷宮が――とりわけ最後の洞窟が――恐ろしい場所であることをはっきり思い知ったのである。
 
 コウモリに襲われるという事態は考えたくもなかった。奴らは仲間意識が強いうえ、たいてい同じ場所に複数匹が舞っている。洞窟の中央において、一匹とでも交戦状態に入ったら、大リンクが巻き起こるのは必至だった。しかも岩の窪みにはジェリーの姿もあるし、近くの繭にはウェンディゴ――グールの眷属――が頑張っている。おおよそ考えられる最悪のシチュエーションだった。眼下にゴブリンが見えないのが不思議なくらいである。

 この時点で私は、F-8が目と鼻の先にあることを知っていた。そこへ行くためにはどうしてもこの洞窟を抜けなければならぬ。向かって右手にジェリーが、左手にウェンディゴのいる繭があった。コウモリが二匹その中間を飛んでいる。いずれのモンスターもアクティブである。このまま駆け抜けても見つかるのは必定、敵を避けるのは不可能だ。だからいずれかを退治しなくてはならない。

 正直に言って、私が特に言葉足らずだったとは思わないのだが、二人の脳中に同じ像は浮かばなかったようだ。コウモリを退治しましょう、というと、Kewellは頷いて、私が挑発をしかけて岩陰に引き寄せる前に、剣を引き抜いて飛び出して行ってしまった。

 彼女はたちまちに複数のコウモリに囲まれてしまった。私は舌打ちをして飛び出した。ジェリーが私の鎧をがん、と殴りつけた。コウモリにひっかかれ、噛み付かれたKewellを、ウェンディゴが感知し、繭からゆっくりと進み出てきた。私は笑い出しそうになった。今や化け物どもがいっせいに襲い掛かってくるのだった。何という豪華な饗宴!! 私はジェリーに向かって全く無意味な攻撃を繰り返した。何度斧を振り下ろそうと、このスライム状の化け物がひるむ筈のないことは、過去の経験から明らかだった。人間ここまで絶望的だと、意外に脳が冷静さを取り戻すものだ。傑作なのは、その冷静さがこのさい何の役にも立たないことだった。

 強力な一撃を受け、私は倒れた。私の身体の中に、腐土に浸かった死の匂いが忍び込んできた。

 Kewellは死の一歩手前で逃げ出した。「とんずら」を使って。
 早足で駆け去る彼女の後姿を、私は呆然と見送った。Kewellはいったい、どこへ向かって足を動かしているのだろう?

 
 気づいたらブブリム半島のはずれにいた。タロンギ大峡谷との境の位置である。ここはアウトポストではないが、旗が翻っており、コンクエストに勝利した国のガードが、冒険者を支援するために常駐している筈だった。しかし、今は私以外に誰の姿も見えない。

 見慣れぬ旗印だな、と思って近づき、私はぎょっとした。支柱からぶらさがっているのは、人間のされこうべだった。コルシュシュ地方はいつの間にか、獣人の支配する土地へ成り下がってしまったのだ!

 私は近くのアウトポストへ移動した(つねづね思うのだが、これだけアウトポストに近い場所に、特別にガードを配置する必要があるのだろうか?)。既に夜を回り、周囲は真っ暗であった。アウトポストの前には、ガードも商人もおらぬ。カーディアンがただ一体、置物として放置されたかのように、ぽつんと立っているに過ぎなかった。

 私を怒らせたのは、アウトポストの灯りだった。窓の灯り! 獣人どもが中に入り込んでいるに違いない。だが何より不甲斐ないのは、お膝元の土地でありながら、簡単に獣人の侵略を許した我らがウィンダスの戦績だ。冒険者が切磋琢磨を繰り返している土地では、よほど大勢の死人が出ない限り、獣人に支配されることはない。これは敗北なのだ。コルシュシュにおいて、獣人の侵略を許した我々冒険者の敗北なのだ。


獣人に支配されたアウトポスト

 Kewellは何故かジュノにいた。私はてっきり、彼女はモンスターにやられてしまって、ジュノのホームポイントへ戻ったのだろう、とばかり思っていた。だがそうではないらしい。どういう運と工夫が彼女を救ったのか、私にはさっぱりわからなかったが、尋ねることはしなかった。口を開けば腹立たしさのあまり余計なことを言ってしまいかねなかったからである。

 だから彼女とはその時点で分かれた。私は胃の腑の奥にやりきれなさを感じながら、ウィンダスへの帰路についた。

注1
 お互いに「フレンド登録」をすませた相手とは、メッセージのやり取りをすることができます(簡易メールのようなもの)。

注2
 同じワールドに所属している冒険者同士で、互いにログインしていれば、どんなに遠くへ離れていても直接会話をすることができます。
(03.08.04)
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