その167

キルトログ、ユタンガ大森林を駆ける
ユタンガ大森林(Yuhtunga Jungle)
 巨木が生い茂り、昼なお暗い大森林地帯。
 途切れることなく噴煙を上げる火口や、大地を穿つ巨大な滝が見る者を圧倒し、まるで太古の時代に迷い込んだかのような錯覚を起こさせる。
 密林の奥地には、時代の判別も難しい遺跡が点在しており、現地の人々の間では「呪われし人々」の伝承が紡がれている。
 俗に土砂降りのことは、「犬と猫が走る」と表現される。猫なら柵の中にいる。問題は外である。天上から大きな雨粒が容赦なく降り注ぎ、我々の身体をばちばちと叩く。残りは地面で跳ね返って雨煙を作る。このスコールに怯まず、冒険者の一団が狩りを強行している。我々は混雑を避けるために彼らから距離を取ることにする。

 エルシモ地方の地図はジュノ上層で販売されていた。今回の旅の前に一部買っておいた。よかった、と思い、さっそく開いてみて、唸った。Librossがさっき、地図は役に立ちませんよ、と言っていたのを思い出す。その意味を私は悟った。地図は珍しく絵画調に書かれており、道がぶつぶつと分断されている。分断点は道の交錯する場所が殆どで、実際には天然のアーチ――岩や土、大木――で、上空からは覆い隠されている。これがくせもので、どの道がどんなふうに繋がっているのかは、肝心の場所へ行ってみるまでわからないという始末だ。なるほど絵画的な画調にはそれなりの趣向があり、Steelbearも感心していたが、こういう迷いやすい土地であるだけに、もう少し実践に役立つ地図にしてくれたら、と思ったのが本音だ。


 それにしても――書くのが遅れたが――驚くべき景観よ! 私は梢を見上げて大きなため息をついた。それが「梢」などという可愛い言葉で表現できるとするなら、だが。


頭上に広がる古代の森

 ヴァナ・ディールの世界は、これまでたびたび私を驚かせたものだが、今回のはあまりにもスケールが違っていた。頭上に葉々が覆い被さり、陽光をすっかり遮っているが、昼なお暗き森などという生易しいものではない。空を覆うシダ類の葉一枚一枚が丸太ほどの大きさである。草花でこれなら樹木は何をか言わん。星の大樹に勝るとも劣らない太い幹が垂直に伸び、あるいは横倒しになって、我々を圧倒する。いったいどれだけ年輪を重ねたらこの規模になるだろう。千年だろうか、それとも万年か。

 南国、とりわけ熱帯雨林などでは、哺乳類こそそうでもないが、植物や昆虫は一際サイズが大きくなるのが常だ。それにしてもこれはあんまり桁が外れている――あるいは環境的ではなく、時代的なものが原因かもしれない。

 例えばシャクラミの地下迷宮入り口に転がっている、巨大生物のあぎとよ! 人類史以前の生物たちは、一様に現代より大型だったのかもしれない。ユタンガの森は古代の息吹を現代に継承しているだけかもしれない。もっともなぜ大型の獣が滅んだのか、小型の人間が生き残ったのかという説明は、別の論を待たなければいけないわけだけれど。

 ユタンガの植物はただ規模が大きいだけではない。夜、水晶のように妖しい光を放つ、水晶質の草花も見つけた。Steelbearは、そういう植物が存在するという事実に首を傾げていた。私はこの現象を、昆虫をおびき寄せる一種の食虫植物の習性ではないか、と考えている。


夜に妖しい光を放つ……

 我々はゲートクリスタルの場所まで出かけることにした。この破片を拾っておけば、テレポの魔法で瞬間移動して来られる。ただLibrossに言わせれば、それほど利用価値はないらしい。というのは、ジュノから飛空艇に乗ってくれば、カザムにはあっという間に到着できるからだ。わざわざ森の奥に到着するメリットはさほど大きくない。

 とはいえ、散策には何か目的があった方がよい。チョコボは半日経つと厩舎へ戻って行ってしまう。我々はゲートクリスタルを仮の目的地と決めて、ユタンガに隣接しているヨアトル大森林に足を踏み入れる。少なくとも外見は同じような森が続くのだが、地図上では別のエリアとして区分されているようだ。
 

獣人トンベリ

 Librossはさほど南の地方には詳しくない。彼自身が――半ば意図的に――この周辺に頓着してなかったからだと言う。従ってヨアトルに入ったはいいが、ゲートクリスタルに続く道は、おおまかな方角以上には知っていない。よい、迷うのも乙なものよ、と呑気な構えで鳥を走らせていたら、小広い平地に出た。地べたを這い回っているのはカザムの猿である。村の猿には個々に名前がついていたようだが、ここにいるのはヤング・オポオポといって野生種であるらしい。


 地面から石の柱が屹立していた。それは巨大でチョコボに乗った我々の4,5倍ほどの高さがある。柱といっても幾何学性はまるでなく、表面にはごつごつと凹凸があり、垂直に立たずに幾分か傾いでいる。節くれだった骸骨の指がぬっと地上に生えてきたかのようだ。その石柱が随所にそそり立つ。されこうべのようにのっぺりした巨大な丸石も尻を据えている。折りしも豪雨が周囲の視界を奪っていたが、唐突にぱたりと雨が止むと、ただでさえ小柄な身を余計に屈めて、地面を嘗めるように歩き回る幾多の人影が目に入る。

 その人影は麻製らしき粗末な外套を身にまとい、裾を引きずっている。頭上に差し上げた右手から、ぼんやりと光を放つランタンが下がっている。左手に持っているのは幅の広い包丁のようだ。緑色で無毛の頭は芋虫を思わせる。ボタンのように光る小さな丸い両目。外套の陰からちらちらとのぞく両足には爬虫類と見まがう長く鋭い爪が生えている。

 
トンベリ

 ではここが呪いの神殿なのか、と私は周囲を見回した。エルシモ島の何処かに、失われた邪神ウガレピの寺院が存在する、と聞いたことがある。こんな神様は人間から忘れ去られて久しいのだが、獣人トンベリだけは別で、アルタナと真っ向から対立する呪いの女神に一生を捧げつくしているという。奴らの狂信ぶりに比べればヤグード教など可愛いものだ。トンベリは単体でも恐るべき強さを誇る強敵だが、表立った領土欲がなく、版図を拡大して来ないのだけが救いだ。尤も地下の暗い神殿の中に篭って、人間社会に対し、どんなおぞましい復讐計画を立てているか知れたものではないが。

 チョコボが帰る日限は刻々と迫っていた。もしこんなところに放り出されたら命がいくつあっても足りない。さあ移動しようと声をかけようとしたとき、北の方からLibrossの歓声が届いた。ゲートクリスタルを見つけたのだ。西の広場から回って来いという。私がチョコボを駆って迂回して来ると、なるほど野原の真ん中に、紫色のゲートクリスタルが浮かび、くるくると輝きながら自転していた。

 何故かMyuaだけが道を大きく外れて、全然別の方向にチョコボを走らせていたので、Apricotたちが誘導して来た。私はその間に悠々とヨトのゲートクリスタルの破片を拾い上げた。テレポヨトという魔法を使えばこの地点に一瞬にしてやって来られる。岩の周囲で冒険者一行がめいめい狩りを行っている。Librossはさして重要ではないと言ったが、彼らの数はカザムの入り口辺りの密集具合いと似たり寄ったりだ。つまり意外に多い。彼らもきっと以前ここで破片を拾ったことがあり、テレポートして来て狩りの拠点に使っているのだろう。

 私はチョコボを下りてしまった。まさかここから歩いては帰られない。Librossがテレポで送りましょう、と言った。私は母国に帰るから、タロンギ大峡谷にあるメアの岩へ遣ってくれ、と頼んだ。ApricotやMyua、Steelbearはラテーヌ高原に用があるという。それでLibrossの名所観光案内の口上を聞きながら、まずホラの岩へ瞬間移動して彼らと別れた。


 私はLeeshaとデムの岩から下りた。Librossに手を振ると、彼はあっという間に魔法を使ってまた移動してしまった。チョコボに乗って帰ろうと思ったが、出張厩舎の料金が予想外に高かったので、ええい、走ってやれ、と思って一汗かいた。Leeshaが後に続いた。帰りの飛空艇の中で試そうと思ったこともいくつかあったのだが、結果的にこういう帰郷で無理になってしまった。なに、これからカザムへ行く機会などいくらでもあろうし、そのうちにもっと実力を積んで、三国へ繋がる飛空艇パスの方も手に入れられるに違いない。



(03.09.22)
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