その168

キルトログ、天の塔に呼び出される

「ああKiltrog。天の塔からお前に呼び出しがかかっているぞ」

 そう私に声をかけたのは、森の区の警備隊長ラコ・プーマであった。はて政府が一介の冒険者に直々の用とはいったい何であろう。

「三大国に認められたことで出世の道が開けたか」

 猫人の隊長殿が口元を歪める。私も喉の奥でくくと笑う。同じ種類の笑みだ。何の取り柄もないガルカに立身出世の栄誉はやるまい。特別なものがあるとしたら、口の院院長アジド・マルジド氏の暗躍をつぶさに見てきていることくらいか。だとしたら、証言者、参考人……。まあ場合によっては容疑者もあり得る。シャントット博士の呪いに協力したことで、殺人未遂の罪が適用されるとしたら?(その96参照)


 それにしても一体何の用だろう。情報を集めれば集めるほど困惑する。私を呼び出したのは守護戦士のリーダー、セミ・ラフィーナらしい。天の塔詰めの隊長、ゾキマ・ロキマは言う。彼女は単独行動を好むから、まずミッションの要請などではあるまいと。では何だ。出世か、証言か、逮捕か。少なくとも私の方には、そんな偉い人に用事などはこれっぱかしも無いのだ。

「セミ・ラフィーナにお呼ばれされたのですって?」

 受付のクピピ嬢がたっぷりと懐疑心の篭った声で言う。彼女は一言で私の気持ちを代弁してしまった。

 本当にお呼ばれされたのです? あなたはランク3のぷりぷり冒険者君じゃないですか? いかにも、と私は肩をすくめる。だがセミ・ラフィーナがぷりぷり君を召集したのは事実らしいのだ。彼女に会うには天の塔階上に行かなくてはならない。しかし一般に冒険者が上に行くことはない。2階に繋がる両開きの扉は、星登りの扉といって、ランク3程度の下っ端などは開けることさえ許されないのだ。

 ここを通るには星登りの珠が必要である。仕方ないから貸し出してあげる、とクピピ嬢は(嫌そうに)言う。しかし上に行ったらここよりもずっとふるまいに気をつけないといけないのです。特に侍女長ズババ様には要注意! その名前には聞き覚えがある。魔法新聞の特ダネで、悲恋がどうのこうのと言ってはいなかったか。私としてはそんなことより、「オニ軍曹」という怖い仇名の方が気にかかるのだが。


 あんなに固く閉まっていた扉が、嘘のようにすんなりと開いた。緊張のせいか階段を上る一歩一歩の足取りが重い。

 2階に到達して周囲を見回した。1階に負けず劣らずの広さである。星読みを行う天文泉とやらは何処にあるのだろうか? それぞれタルタルたちが三人一組になって、点在する正円の卓についている。フードを深く被っているので気づきにくいが、どうも全員女性のようだ。彼女たちが侍女だということは何となく察しがつく。星の神子さまらしき姿は何処にも見えない。

 私を見たときの侍女たちの反応は様々だったが、おおむね歓迎されているとは言い難かった。それはこの場所の神聖さに起因する。そもそも冒険者ふぜいが土足で歩き回っていい場所ではないのだ。

 子供っぽいタルタルとマイペースのミスラが構成する国だからか、ウィンダスでは社会的な偏見が――他国よりは――少ない。だが侍女たちが私に見せているのは、石頭のサンドリア人を思わせる冷ややかな拒絶である。侍女は魔力を持つことを許されず、また無欲でなければならない。厳しい試験をクリアしなければ侍女にはなれない上に、それでも星の神子の側付きになれるのは一握りだときている。いきおい侍女のエリート意識は強くなる。このような場所で最高権力者に仕える毎日とは、どんな気分か? 我々は雨埃にまみれながら荒れ野を駆け、日々化け物どもと槌矛を交わしているわけだが、私が彼女たちを理解できないように、彼女たちもまた、冒険者がおくる毎日を実感できていないに違いない。
 
 その極めつけはズババ侍女長である。直接神子さまの身辺を世話しているのは彼女一人のみらしい。ズババはクリスタル戦争の時から側に仕えている大古株で、その語気の強さは、若い侍女たちをまるまる束ねたほどの勢いがある。私なんぞは歩いていただけで叱られたほどだ。

「何だ何だ! けがれた身で神聖なる天文泉へ上がろうなどと。星の神子さまにお会いしたいなど言語道断! 神子さまは暁の女神様の御生まれ変わりぞ!!」

 まるでばい菌扱いである。やれやれ。


オブジェクト

 フロアの中央に興味深いオブジェが浮かんでいた。私は近寄ってそれをまじまじと見つめた。

 壺の上に球体が青白く発光しながら浮かんでいる。リボンのような帯が2本、離れて周囲を取り巻く。球体を惑星とするなら、帯はそれに付随する天体の輪のようだ。呪文を刻んだ護符が浮遊しているが、まるで空中の透明な壁に張り付いたかに見える。球体と輪と護符は回っている。互いの距離を一定に保ったまま、右から左へ回転する。ゆっくりとゆっくりと。

 薄暗い部屋でそれは余りに人目を引く。青白い輝きは夢幻の心地――「無限」か?――に見る者を誘う。私はこれが天文泉だろうとばかり思っていた。だがそんなわけがない。球体の下に鎮座するのは、中身が入っていようといまいと、しょせん壺でしかない。占いの道具でこそあるかもしれないが、これを泉と言い張るのはいくら何でも無理があり過ぎる。

 ところで、先刻ズババはこう言ったのだった。「けがれた身で神聖なる天文泉へ上がろうなどと……」

 そう、上がるのだ。泉はまだ上の階にあるのだ。侍女長のテーブルの奥に、3階へ向かう階段が伸びている。美しいオブジェクトは名残り惜しいが、私はおもてを上げて、セミ・ラフィーナが待っている筈の3階へと上っていった。

(03.09.24)
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