その169 キルトログ、天文泉を覗く 星の大樹の内周に沿う階段は、ゆっくりとカーブしながら上へ続いている。手すりの向こう側に歩哨の姿が見えた。通路をはさむようにしてミスラが二人肩を並べている。 「守護戦士ヴァン・パイニーシャ」 「守護戦士シャズ・ノレム」 さすが天の塔ともなれば、護衛も相応の実力者であるわけだ。 「今日は大目に見てあげるけど、ここはあんたの来るところじゃないよ」 私は会釈をして彼女たちの間を通り抜けた。通路は奥で両開きの扉にぶつかる。その手前にまた二人の守護戦士が立っているのが見える。 通路は真ん中で途切れていた。正八角形の平たい足場が宙に浮いている。扉へ行くなら飛石のようにそこを渡らねばならない。暗がりの中、足場は鈍い黄金色に浮かび上がっている。不安定な様子はない。 私は足場に乗った。天体図を描いた天井が、ドームのように膨らんで広がり、空気ごと私を大きく包み込んでいた。東と西に奇妙なオブジェクトがあり、足場を挟んで互いに正対している。しばし何の像であるか考えたが、二つとも幾何学性が高く、はっきりこうというのは難しかった。強いて言えば、東のオブジェクトは、羽根を大きく広げた伝説の不死鳥――あるいは孔雀のように見えるし、西のそれは桜だ。星とも考えられるが、辺に膨らみがあって、柔らかい印象を受ける。やはり花だろう。 私は足下に目をやった。暗黒が覗いていた。それは足場を受け止めるかのように大きく広がっている。形は正円で、縁石に囲まれている。範囲が限られているにもかかわらず、暗黒には果てがないように見える。まるで無限の空間を覗き込んでいるようだ。2階から頭上に目を向けたとき、視線は確かに天井を捉えていたから、不思議としか言いようがない。青白く発光する球体が、果てのない暗闇に彩りを添えている。まるで星空を天上から逆に覗いているようだ、と思ったら、本当にそんな気がしてきた。 だとしたら、ここは神の視座だ。 「ああ、来てたか。待たせてしまったか?」 私ははっと顔を上げた。いつの間にか、セミ・ラフィーナが背後に立っていた。
「ここは羅星の間」セミ・ラフィーナは淡々と言った。 「どんなときでも、遠く天空の星々を映し出す。神聖なる泉……天文泉」 ではこれが、と私は再び宇宙を――足元に広がる宇宙を――見やった。 「星の神子さまは天文泉を使い、星々の流れから、遥かなる時の流れの先を読む」 彼女は私と目線を合わせた。表情が読めない。 「お前が届けてくれた報告書、神子さまにもご報告した。闇の王の復活は神子さまも感づいておられたこと……。心配する必要はない。 けれど、その話は自分の胸だけにしまっておけ。いたずらに民の心を刺激する必要はない。特にタルタルたちにとっては、まだ20年前の大戦の傷が癒えていないのだから」 さすが守護戦士の長というべきか、口調はもの静かだが、有無を言わせぬ強い響きがあった。彼女はにっこりと笑った。笑顔にも隙がない。 「あとは、我々守護戦士が真実を確かめよう。だからお前は、今まで通り冒険を楽しみ……」 「くせ者!!」 絶叫が静寂を破った。白い兎のような人影が走り抜けた。私の目に映ったのは、先刻の守護戦士二人が――抗う暇もなく――地面にばったりと倒れ伏せる光景だった。 (03.09.26)
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