その173

キルトログ、口の院院長を発見する

仕掛けで開く扉
レバー

 あ、と思った時は遅かった。慎重にやったつもりだったが、どうやら私は間違っていたようだ。右か左のどちらに回すのかと、そればかりを頭においていたが、ハンドルは扉を挟むように一対あるのだ。実際にはどちらのハンドルを操作するのかが問題なのだ、と遅まきながら気づいた。しかし実際に手遅れなのだった。私は再び落とし穴に落ちて、四角い入り口を見上げ、ひとつため息をついた。

 先刻の部屋。先刻と同じ。――ではなかった。声が聞こえた。小さな動物が声を押し殺して鳴いているようだった。それが人のうめき声かもしれない可能性については、岩壁にもたれかかった黒い影を見つけてからようやく思い至った。

 ずんぐりした影はまるで子供のようだった。失せ人に違いあるまい。だが様子がおかしい。私の知っている彼は、尻餅をつき、岩壁にもたれかかって、肩で大きく息をしているような人物だっただろうか。彼はいつも自信に満ちていたが、それはじっさい他人より実力も度胸も勝っているからだった。そのため彼はいつでも場の主導権を握り続けていた。それがどうしたことだ! アジド・マルジドは――顔を見て確認した――いま落とし穴でひとり、苦しそうな呼吸をぜいぜいと繰り返している。

 それにしてもこんなところで彼を見つけるとは。怪我の功名だな、と呟いて、私ははっと思い至った。彼が大怪我をしているのは確実ではないか。そんなことは一瞥しただけで判ってしかるべきなのだが、今日の私はよっぽどどうかしているとみえる。

「よお、また会ったな……こんなところで何をしてるんだ?」

 アジド・マルジドは明るく言ったが、自分の言葉を反芻してから、釈明の必要を感じたのか、俺はここで休憩しているんだ、とぶつぶつ言った。それは何の答えにもなっていなかった。
 彼が努めて気丈に振舞おうとしているのは明らかだった。しかしそれも限界があった。院長はいくらか正直になり、弱いところを見せた。彼は普通そんなことはしない。ならば、そうしなければならないほど傷が深いのだろう、と私は推測した。
 
「一人で獣人の本拠地に乗り込むのは、さすがの天才アジド・マルジド様でも、無理があったみたいだ」

 お前、俺が心配で追いかけてきたのか、と彼は言った。しばらく迷ってそうだと答えた。院長はフンと鼻を鳴らして、どうせセミ・ラフィーナに後を追えとでも命じられたんだろう、と言った。それは図星だったし、そういう態度を取っている方が確かにいつもの彼らしかった。

「神子さまに育てられたとはいえ、あいつは所詮ミスラ……ことの重大さをわかっていない。
 ……お前、星の神子さまの伝説を聞いたことはあるだろうな?」

 私が答える前に、アジド・マルジドは話を続けた。

「はるか昔、迷える民をこの地へ導いた眩い星、その星が天へと戻ると、サルタバルタを照らす光も失われ、闇が訪れた。
 しかし、満月の泉で星月の力を得た初代の神子さまは、闇の中にも希望の光を見出し、ウィンダスを繁栄へと導いた。」

「その神子さまが後代のために残した歴史書――それがこのあいだ見つかった『神々の書』なのだ!」

 アジド・マルジドの息は荒かったが、それは傷のせいばかりではないようだった。
 あまり興奮するとよくない。

「なのに、こんな事態になっても……星の神子さまは何もしようとしない。何も語ろうとはなさらない……」

 アジド・マルジドは身体を起こした。杖を使って気丈にも、重い頭を持ち上げて、立ち上がってみせた。

「だから俺は、もう一人の時の生き証人である、獣人ヤグードに会いに来たのだ。ヤグード王の出迎えは荒かったが……面白いことを教えてくれたぞ。
 セミ・ラフィーナに伝えてくれ。口の院院長アジド・マルジドは、確実に真実に近づきつつあると」

 じゃあな、と院長は手を上げた。声をかけようとしたが、既に彼の姿はなかった。仲間が回りに立っていた。彼らがアジド・マルジドを目撃した様子はなかった。


「院長は見つかりましたか」

 Senkuが尋ねたが、私はしっと人差し指を立てた。彼はウィンダス出身ゆえ――育ての親はヒュームだと言っていたが――多少の事情には詳しい。それでも国事ゆえ詳細を話すわけにはいかぬ。協力して貰っていて申し訳ないが、差し障りのない範囲内に留めないといけない。

 私の心配をよそに、Librossは部屋の片隅に散っている数本の矢に視線を注いでいた。 


散乱する矢

 私は身を固めた。アジド・マルジドはこれで重傷を負ったのではないか? Librossは何か気づいたのだろうか。だが彼が語ったのは、以前ミスラの火の族長が捕らえられたときに、ペリイ・ヴァシャイ率いる一隊が命がけで救出にやって来た、という逸話だった。これはその名残かもしれないという。相当激しい戦闘だったらしいからだ。Leeshaが相槌を打つ。なるほど、ヤグードは弓矢を使わないですものね。言われてみればその通りだ。私の考えすぎかもしれない。

 用事は済んだ、と私は仲間に言った。それだけしか言わなかったが、仲間も何も聞かなかった。後は脱出して国に帰るだけである。地面の蓋を持ち上げようとしたが、先刻の一幕を思い出した。ここから出ても同じことの繰り返しだろう。味気ないが、エスケプで出た方がずっと安全だ。

 だから我々は魔法で脱出した。オズトロヤのヤグードは恐るべき敵である。私は身をもってそれを体験した。単なる尋問官ですらあんなレベルなのだ。そしたら――私は震えた――アジド・マルジドに深手を負わせた、ヤグード王はいったいどれほどの強さだというのだろう?


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