その187

キルトログ、暗黒剣の修行をする

 何度目かの尻餅をついて私は悪態をついた。甲羅を打ち砕かれた蟹の死体が転がる。くそ! 下半身が安定しない。私の身の丈ほどもあろうかというこの長剣は、見かけから想像するより扱いが難しい。腰を低く保たねば剣に振られてしまう。今のところ的に攻撃を命中させるだけで精一杯である。私は剣に寄りかかって立ち上がり、獲物を探した。ツェールン鉱山の中に人気は少なく、安心してコウモリやら地虫やらを相手に訓練を積むことが出来る。

鉱山で両手剣の練習をする

 何ということだろう。仕事を探しに来た私が、ひとり鉱山に潜って両手剣を振るっている。グンバに会いにいったのがそもそもの始まりだった。保護者ウェライを失ったあの子供が、依然として気落ちしてはいまいかと、私は久しぶりに鉱山区を訪れた。グンバの呆けた様子は相変わらずで、ショックが長引いていることを感じさせたが、私の顔を見ると唐突に我に返った。ウェライが失踪する暫く前のことを思い出したという。とりとめのない彼の話に私は耳を傾けた。そうしてやることが、多少なりともグンバの慰めになればと思ったからだった。


 ウェライの家の扉をノックする者があった。グンバが入り口へ跳ねていくと、ヒュームの男が戸口へ立っていた。ぼうぼうと髭を伸ばし鉢巻きを締めている。ハーネスの隙間から覗く胸筋が盛り上がっている。「ウェライ! またしつこい隊長さんが来たよ!」と彼は呼ばわる。

「たびたびお邪魔して申し訳ない……ザイドのことについて詳しくお聞きしようと」

 彼はそう言って部屋に入ってきた。ウェライはかぶりを振った。「フォルカー殿」と諭すように言う。「我々もザイドの行方は案じております。しかし奴が何処へ行ったのか知る者は誰もいません」

(間違いなく、フォルカーとはバストゥーク一の勇士、ミスリル銃士隊隊長のフォルカーだろう。どうやらザイドというのも人名らしいが、どんな人物だろうか。どうやらフォルカーにすら一目置かれているようなのだが……)

「奴の行方が知れぬまま、今の地位に留まるわけには参りませぬ。次期隊長には彼がなるべきだった」とフォルカー。 

「貴方なら、とガルカの者たちも思っておりますよ」とウェライ。
ラオグリム様が失踪した後、叔父上がミスリル銃士隊隊長に任命されたときには、怒りを覚えた者も多かったが……。貴方は叔父上とは違う。ラオグリム様とザイドが違うように、貴方と叔父上も」

「叔父のことは関係ありません」

 フォルカーがうっそりと返答すると、老ガルカは諦めたように彼に背中を向けた。「よろしい、それではお教えしよう……」と小声でつぶやく。
「パルブロ鉱山でガルカの暗黒騎士を見かけた者がいた。かなりの使い手だったという話だが……」

「では?」

「私の知っているのはそれだけです」ウェライは両手を上げてみせた。フォルカーは意を決して立ち去った。「ねえねえ」とグンバがウェライの袖を引く。「暗黒騎士って、ザイドがいなくなってから、数が減っちゃったんでしょ? どうして?」

「奴が発展させたようなものだからな、アルテパの時代より伝わっていた技を」
 老ガルカは息をつき、独り言をつぶやきながら瞑想に入っていった。
「それに……あれは才能だけで成し得るものではない。悲しみ、憎しみの底にある業(ごう)……それを感じ取れる者だけが……」


「業を感じ取れるものだけが、暗黒騎士になれる」
 グンバは無感動に言った。

「だってさ。兄ちゃんも会いに行ってみなよ。もしかしたら何か教えて貰えるかもしれないよ」


 壁にかけられた灯りを見つめながら私は考えた。これは魔道への誘いだ。究極の強さが得られると知ったら、自分はそれを試そうとするだろうか。そもそも私はそういうものを欲しているだろうか。熟慮したが答えが出なかった。第一私にとっては、殺生の避けられぬ身であるからには、いずれ業に染まっているものと考えるのだが、ウェライや、どうやら暗黒騎士らしいザイドに言わせれば、業というのはもっと深いところにあって、悲しみと憎しみの果てに見入だす「何か」であるらしい。


 ふっと私が我に返ると、目の前にLeeshaがいて、物憂げに足を組んでベッドにもたれかかっていた(注1)。相変わらず神出鬼没な人だ。グンバと話す様子を傍で観察していたとみえる。私もどっかりとあぐらをかいて、暗黒魔道と業について考えた。率直に言って、何か尊い犠牲を払ってまでも、力が欲しいなどとは私は思わない。だが暗黒騎士の修行を受けることで、自分がどうやら浅く捉えてきた「業」に関して、新しい見方が出来そうだった。可能性が広がりそうだった。世の中、高いところに上ってみなければ見えない絵というものがある。暗黒騎士として剣を振るうことで、見えてくる絵がある筈だった。私は強さよりそちらに惹かれた。ザイドやウェライと同じ瞳を持ちたかった。少なくとも修行を受けて損することはない。そう考えると千載一遇の好機を逃してはならないという気になった。立ち上がる頃には私の腹はすっかり決まっていた。

あぐらをかいて考える

 私はLeeshaに向かって敬礼をし、用事が出来ましたと伝えた。「私はこれからパルブロ鉱山へ行かねばなりません。出来れば一人で参りたいのですが」彼女は頷いて物分りよく私を送り出した。チョコボ厩舎に向かいながら、私は少し不安を覚えた。早まったことをしているのだろうか、という危惧が突然舞い戻ってきた。結局答が出ないので考えることを止めた。ただ変に期待をかけるのはよした方がいい。私は明日からでも修行が始められるような気でいるが、ザイドが見つかるかどうか判らないし、よし彼を発見できたところで、見知らぬ若輩者が稽古をつけて貰えるかどうかも怪しい。そのときに肩を落とすことのないように。

 私は鳥の背中に乗ってグスタベルグを駆けた。せめてザイドがまだパルブロ内にいてくれればいいが。もしや既に立ち去っていはすまいか。ウェライが失踪したのですら随分前だし、だとしたら会えない公算の方が大きいのではないか。思いはマイナスに傾いたが、それでも陰鬱な鉱山内に踏み込んだのは、先刻の熱意ではなく、今さら後へ引けないという意地だったかも知れぬ。とにかく私はこうしてザイドを探すためにパルブロ鉱山へ潜ったのだった。


注1
 バージョンアップで「くつろいで座る」コマンドが追加されました。/sitと打ち込めば、種族と性別ごとに別の姿勢で地面に座ります。その間に/waveや/cryなど一部のコマンドを入力すると、座ったまま手を振ったり、泣いたりするモーションが出来ます。


(03.10.22)
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