その189

キルトログ、パシュハウ沼の碑文を回収する

 穴ぐらで悪鬼と化した私を救ったのは、光の導きでも良心のうずきでもない。ツェールンの煤が溜まったというつまらぬ事実だった。鉱山内のモンスターを退治した証拠として、これを換金してくれる鉱夫がいる。明るい太陽の下、ちょっとした金になったことを喜んでいると、再び暗い鉱山で剣を振るうのが何だか馬鹿らしくなってきた。無益な殺生を続けるのにも限界がある。いいかげんきりにしなければならない。

 ザイドは私に暗黒剣を渡し、業に染まれと言ったわけだが、具体的な示唆は何もなかった。私は不安になった。これから何をすればいいのだろう(あるいは、本当は何をすればよかったのだろう)。ザイドに尋ねてみるのがいいが彼はもうおらぬ。少なくともパルブロ鉱山からは立ち去っている。そういえば、最後にベドーへ向かうとか言ってなかったか。ベドーは獣人クゥダフの本拠地で、ヤグードにとってのオズトロヤ城、オークにとってのダボイに相当する。一人で出かけるには危険過ぎる場所だ。とはいえ他に当てもない。しかも私の業の問題なので、他でもない私自身が決着をつけねばならない。

 私はチョコボを駆り出して国の外へ出た。暗黒剣は鬱になるのでしまい、片手斧と盾を装備した。ベドーはパシュハウ沼の隘路の果てにある。従って、北グスタベルグへ出て、臥竜の滝を右手に見ながら、コンシュタット高地へ上がり、北東へ抜けなければならない。それはジュノへ上京するルートの一つで、パシュハウ沼は通常ただ通り抜けるだけの土地だが、今回は下りて探索をせねばならないのだ。またぞろ具足が汚れると思ったら気持ちが沈んできた。パシュハウは地面がじとじとしていて雨も多いので、歩いていて気分のいいところではない。おまけに大蛸やクゥダフがうろついているのだ。全く嫌になる。

 嫌になるついでに私は一つ用件を思い出した。先日セルビナの町長に新しい粘土を貰ったとき、まだ調べていない石碑について尋ねたら、開口一番「パシュハウ」と返事が戻ってきた。この用事はいつか済まさねばならない。バストゥークから目的地まではたいして時間がかからず、チョコボの返却期限までだいぶ間がある。敵だらけの土地で鳥の背中から下り、粘土の型を取る余裕があるかどうかは判らぬ。しかし石碑の場所くらいは特定しておいて損はあるまい。差しさわりがあるなら、もう少し強くなってから来ても構わない。グィンハム・アイアンハートの石碑は別に逃げはしないのだから。


 パシュハウ沼では、幅広い通りが北東へ抜け、ロランベリー耕地へと繋がっている。この太い道の随所に隘路の入り口が開いている。そこは狭く、曲がりくねっていて、獣人とはち合わせてもまず離合は不可能だ。しかも水草が高くて視界が利かないときている。ただし以上の悪条件もチョコボに乗ってなら回避することが出来る。大鳥万歳。

 ジュノへ抜けていく途中に石碑を見た覚えはない。だから狭い道の奥にあるのだろうと見当をつけていた。やはりあった。通路の突き当たりで石碑が苔にまみれている。そのため景色に溶け込み、一瞥で石碑だと看破するのは難しいが、表面には文字が刻まれているし、どうやらクゥダフらしい人影が描かれているのも判読できる。


パシュハウ沼の石碑

 この沼地には、クゥダフ族と呼ばれる凶暴な獣人が住み着き、縄張りとして久しい。

 多くの命知らずの輩が、この地で行方不明となっていた。

 しかし、完璧な地図を目指す私の中では、リスクよりも、広大な沼沢地帯を空白のままにしてしまう無念さの方が明らかに勝っていた。

 調査中、うっかり火を使ってしまい、私はたちまちクゥダフ族に捕まってしまった。そのまま、彼らの村へと連行された私は、建物が金属で出来ていることに仰天した。かつてタルタル族の恐るべき力だった炎の魔法を、今や、我々が煙草の火をつけるのに使うように、蛮族だと思っていた彼らも、バストゥークの高度な冶金技術を密かに自分のものにしていたのだ。

 計画を全部打ち明けると、彼らは意外にも感激して解放してくれ、率先して沼を案内さえしてくれた。

 天晶763年 グィンハム・アイアンハート

 粘土を押しつけるためチョコボを下りると、鳥は去ってしまった。乗り手の安否を気遣う様子もない見事な走りっぷりに、私は思わず笑ってしまった。

 ここから歩いて本通りに戻らねばならない。ただ障壁があった。道を塞ぐように例の大蛸がずるずると這い回っている。脱出するならこいつを倒していかねばならぬ。レベル的には楽に勝てる相手である。しかしこうした推論は近頃当てにならない。お互い強くなればなるほど、レベル差による相対的な影響は小さくなっていく。簡単に言えば、10レベルが5レベルを相手にするのと、35レベルが30レベルを相手にするのではまるで違う。それほどの敵なら多彩な攻撃手段を持っているし、戦闘も一筋縄ではいかない。まず勝者も無事では済むまい。

 だが私に選択の余地はない。白魔道士をサポートにつけてきて良かった。私は自分にプロテスをかけ、ささやかながら防御力を上げたのち、斧を構えて大蛸に向かって突撃していった。


大蛸と対戦する

 恐ろしい戦いだった。鈍重そうに見えて蛸は案外すばやい。敵は二本の前足を使って矢継ぎばやに攻撃してくる。間近で見るのは初めてだが、ぱっくり開いた大きな口に、牙がずらりと並んでいるのを目撃したときには卒倒しそうになった。もし戦闘が終わって生きていたとしても、二度と蛸とは戦いたくなかった。具合の悪くなる臭い息をかいだ後にはなおさらそう思った(注1)

 私に有利な点はいくつかあった。まずレベルが相対的に高い。装備は新しく、プロテスもかかっているから、防御力は高い。そして白魔法がある。詠唱が中断されなければ、ケアル2で体力を回復することも出来る。いよいよ危なくなったらマイティストライクも使える。これは立て続けにクリーンヒットを打ち込める技で、一度使うと2時間は使用不可能となるから、形勢が不利になるまでとっておかなくてはならない。そういえばトレマー・ラムもこの技を使って倒したのだった。

 その私が蛸には手こずった。あろうことかマイティストライクに頼らねばならなかった。冗談抜きで絶体絶命だった。臭い息の毒気にやられて、頭はくらくらするし、身体は重いしで、もう少しマイティストライクを発動させるのが遅ければ、無様にやられていただろう。大蛸が息絶えたとき私は瀕死の重傷を負っていた。もし奴の最後の一撃が、こちらより早く私の身体に届いていたら、結果は逆になっていた。いま蛸の巨体は地面に潰れている。気持ちの悪い大口が空に向いて開いており、牙の隙間に雨粒が流れ込んでいた。私は座り込んで回復をはかった。気分は悪かったが落ち着いていたら徐々に体力が戻ってきた。毒を受けなくて助かった、と私は自分の運の強さに感謝した(注2)


 私がそろそろ本通りに戻ろうかと腰を上げたころ、Leeshaがチョコボに乗ってやって来た。先刻私が話して窮状を伝えたからだった。わざわざ来て頂かなくても、と言ったら、自分は好きでしているからいいのだと彼女は答えた。ベドーには行ったのですか、と聞かれた。これから行くのだと話すと、送りましょうと言ってくれた。だが先刻も述べたように、業は私自身の問題だった。さらに言えば暗黒騎士の技術はガルカにまつわるもので、ザイドも私もガルカだったから、種族の問題でもあるわけだ。送って貰うのは確かに安全だろう。だが一緒に行くと彼女の強さに甘えてしまう。私にはそれが判っていたから、うんとは言えなかった。だからベドーに続く隘路の手前で手を振り合って別れた。私は再び狭い道に踏み込んで行った。

 ベドーはパシュハウ沼の南方にある。手前に斥候が見えたが何とかやり過ごした。一人で奥に入る羽目になるのは勘弁したい。ザイドを簡単に見つけ出すことが出来るようただただ祈るばかりである。


注1
 モルボルは戦闘中、様々な状態異常を同時に引き起こす「臭い息」を吐いてきます。これは大蛸の敵に共通する特殊攻撃です。
 状態異常は沈黙(魔法が使えない)、盲目(闇に包まれて命中度が下がる)、スロウ(動作が遅くなり攻撃の間隔があく)など多種類。

注2
 毒など、体力が徐々に減っていく状態異常になったときは、座り込んで回復することが出来ません。魔法がなければ自然治癒を待つしかありませんが、毒の持続は長いので、残りHPの量によっては手遅れになって死んでしまいます。



(03.10.26)
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