その194

キルトログ、牙の王の墓へ行く

 ペリィ・ヴァシャイは森の区の外れに住む。紅き矢と蒼の弓を持つミスラ髄一の勇士である。側近を左右にしたがえ、背筋をきりりと伸ばしたまま、床机に腰をかけている姿からは、相手に居住まいを正さずにはおかない、静かな威厳が漂っている。既に老い、目を病んだので、セミ・ラフィーナが後を継ぐ話が現実味をおびているらしいが、この様子なら族長の座が当分揺らぐこともないだろう。

「たくさんの土を踏み、たくさんの雨を飲み」

 ミスラの老族長は朗々と言った。

「たくさんの屍を越えて、たくさんの朝日を見たか?
 大地と空に認められなければ、自然に受け入れられたとはいえぬ」

 彼女は眉を寄せていたが、組んでいた腕をほどいて、こう付け加えるのだった。私を諭しているように聞こえた。

「自然のことわりに、身をゆだねる気があるのなら、牙の王へと会いにいくがいい。その牙を手に入れるのだ。もし自然に受け入れられなければ、牙なき我らに狩りは許されぬ」

ミスラ族長ペリィ・ヴァシャイ

 私は大鳥を駆ってソロムグ原野へ向かった。牙の王とは、ミスラ独自の表現で「虎」を意味する。およそ狩りをする獣の中で、虎ほど足が速く、力強い動物はない。猫の眷属であり、狩人として生きる虎族は、ある意味ではミスラたちの遠縁にあたり、彼女らもこの気高い獣から多くを学ぶようだ。実益においても、虎の牙は軽くて強く、矢じりを作るのにはかかせないという。意外なことだが、虎は古来からソロムグ原野に生息してきたらしいのだ。ならば牙の王も、きっと同地の何処かにいるのに違いない。

 多くの冒険者は、虎の生息地を聞くと、真っ先にジャグナー森林か、バタリア丘陵を思い出すだろう。それはジュノの西側、クォン大陸にある。一方東側のソロムグ原野では、虎影などは皆無であり、生息している肉食動物の最たるものは、ラプトルの仲間であるソロムグ・スキンクである。魔法の暴走が引き起こした天変地異によって、ミンダルシア大陸の生態系は大きく狂ってしまったが、かつては虎の一大王国だったらしいソロムグ原野も、その影響から逃れられなかったに違いない。

 もし虎が普通に原野を闊歩しているなら、チョコボに乗ってジュノに往来する際、何度か姿を見かけた筈である。そうした事実がないということは、例えば隅地や、盆地のように囲まれた場所に、ひっそりと生息している可能性が高い。ソロムグは平らなようでいて、周辺は起伏が激しい。小高い崖が豊富で、特定の箇所からしか上れないような場所が意外にあるのである。そういうところを重点的に探してみよう、と私はチョコボの手綱を引いた。
 
 
 私は回り込んで東の崖にあがった。そのまま南に下っていくと、手練の冒険者がひとり、虎と格闘している。推測は間違いではなかったのだ。彼らの向こうに黒々とした洞窟が口をあけている。私はチョコボを降りた。万が一、虎と一戦まじえたときの用心で、いつでも武器を抜ける準備をしたまま、じりじりと中へ踏み込んだ。日の光が届かない位置に入ってから、私はぎょっとした。私の目の前に、まさに件の剣歯虎が、牙を剥いていたのである。目が闇に慣れておらず、獣の青い毛皮が保護色にもなったので、一瞬それとは判らなかったのだ。

 だが虎は様子がおかしかった。首は下がり、尻尾は垂れて、あの獲物を狙うときに見せる猛々しい威厳が存在しない。それでいて私を知覚していないわけではない。何しろその生臭い息が嗅げるほど私は虎の近くに立っているのだ。

 ふらふらと虎は洞窟の入り口へ歩いていった。それを見た私は、虎が老いているのだと悟った。しかももう長くない。彼は光を欲している。例え日向の下に出たとしても、今消えようとしている彼の命の灯火が、再び輝くとは思えなかった。しかし震えの止まらぬ四足を踏ん張り、彼は暗い穴を出ようとする。牙を失っていても、彼は自分の意思で、残された誇りをふりしぼり、前へ前へと歩くのだ。

 身体が日光に包まれた瞬間、安堵したように彼は呻き、どうと倒れて動かなくなった。屍が黒い炭のように入り口に横たわっている。彼が牙の王だったかどうか定かでない。だが誇り高い最期だった。


虎の死

 洞窟は行き止まりになっていた。土が足元でさくりさくりと音を立てる。床に白く浮かび上がるものがあった。骨が散っているのだ。幾百頭もの――あるいはもっとかもしれないが――虎たちの墓場。私は素晴らしい墓標を見つけた。ほれぼれするほど鋭く尖り、生々しいエナメルの光を放っている見事な剣歯は、死した持ち主の気高さを今なお訴えているようだった。私は死したタイガーの牙を拾った。ペリィ・ヴァシャイに渡すつもりである。老いた彼女はいつか牙を失うが、きっとあの虎のように、後代に語り継がれる見事な死にざまを見せるだろう。私は強くそう思った。

虎の骨が散乱する

「狩る者にとって、牙とは、生きるための術。そして死した証」 

 牙の手触りを確かめて彼女はそう言った。床机を挟むように業物の長弓と矢が飾られている。彼女の頬に走る白い線は、戦化粧の彩りか、それとも歴戦の証となる傷跡なのか。

「牙持つ者は、牙を失えば生きてはいけぬ。
 牙持つ者は、死せば牙のみ残る。
 牙持つ者になろうというなら、牙とともに生き、牙とともに死ぬのだ。
 新しい狩人よ」

 彼女は私を狩人と呼んだ。私は彼女に、牙を持つ資格があることを認められたのだった。

狩人の首飾りを持つがいい。偉大なる、牙ある者が残した、生と死の証だ」

 族長は手づから、ネックレスを私の首にかけようとした。私は恐縮して頭を下げた。敬礼し、ペリィ・ヴァシャイのもとを辞した。喉の下で首飾りの石が揺れている。それはきっと、かつて誇り高く死んだ王の牙から出来ているのだろう。


(03.11.10)
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