その198

キルトログ、星降る丘にのぼる

 水の区から西サルタバルタに出て、少し北へ歩いたところに、星降る丘という場所がある。こんもりと盛り上がったなだらかな丘で、頂上にヤシ科の巨木が立っている。真夜中にここを訪れると、青白い蛍のような灯火が、くさむらから浮かび上がって、揺れながら空中を漂うのが見られる。何でも寒い夜、この丘に立って空を見上げたならば、星が落ちてくるという伝説があるそうで、そうタルタルたちが言い伝えたのも、丘の持つ夢幻的な雰囲気を尊んだせいだろう。

 Leeshaが私を呼び寄せたのは、ここであった。既に日は落ち、周囲は暗く、草がしっとりと湿っているせいもあって、すこし肌寒かった。白状するが、私は刑場に引きずり出されるような気分だった。まさか今日、求婚の返事を聞かされるとは思わなかった。まああの日の彼女は、心の準備が出来ていた筈もないのだから、それを考えれば、喉がからからになりそうな今の緊張感も、私に与えられた一種の罰と言ってよいものだったろう。

 Leeshaは足を組んで地面にすわり、幹に背中を預けていた。私の方に手を振って、立ち上がった。彼女が着ているのは、打ち合わせの部分を編んだ白のベストに、革の短いパンツで、姿だけを見れば、駆け出しの冒険者そのものだった。彼女は無言のまま、私に背中を向けて、空を見上げた。くさむらから、ゆらゆらと青白い光が立ちのぼる。緊張をやわらげたくて、これは蛍でしょうか、と彼女に尋ねた。霜だそうですよ、というのが返答だったが、さすがに言葉がつかえて、なぜ霜が空中に舞い上がるのかはとうとう聞けずじまいだった。



「ああ、もう!!」
 
 Leeshaが突然怒り出したので、私は驚いて、身を固くした。

「雲があるじゃないですか!!」

 なるほど夜空には、星が美しく瞬いていたが、うっすらと白い霞がかかっていた。明日は曇りだな、と私はどうでもいいことを考えた。Leeshaの背中と、金色のポニーテールの合間からのぞく、美しいうなじとを見ていると、どんどん脈がはやくなって、心臓が破れんばかりに踊るのだった。嗚呼、こんな苦しさが続くのであれば、いっそのこと、伝説の流れ星が頭上に落ちてきて、私を砕いてくれればいいのに。

「晴れていればよかったんですけどね……」

 Leeshaはまだ天気に不満があるらしかったが、私の方に向き直って、姿勢を正し、朗らかにこう言ったのだった。

「よろしくお願いします、Kiltrogさん」


 Leeshaの返事に、今度はこっちが凍りつく番だった。私はしばらく動けずにいた。

 沈黙を破ったのは、「ふむ!」という声だった。私は飛び上がった。くさむらに隠れて全然目立たなかったが、どうやらヤシの根元に、タルタル氏が一人座っていて、一部始終を眺めていたようなのだった。彼はそのままとことこと、ウィンダスの方へ歩き出した。さて「ふむ」とはどういう意味だろう。我々の話す声が、彼に届いた筈はないのだが、考えようによっては、条件が揃いに揃いすぎている一幕に、恋愛の香りを感じて、一人合点して去ったのかもしれなかった。

 頬が焼けるように熱くなった。ひと呼吸おいて、喜びが全身を駆け巡っていくのを覚えた。彼女は受け入れてくれたのだ。私は万歳をした。

 それを見て、Leeshaがくすくすと笑っていた。

 
 正直、断られるだろうと思っていたのです。そう私はLeeshaに言った。彼女は、なぜ?と尋ねた。まず私は、こんなぬぼっとした巨体のガルカが、夫として受け入れられるだろうとは、どうしても信じられなかった。またLeeshaは、確かに私のことを嫌ってはいないだろうが、結婚などという生々しい絆は望まず、今までのように、親しい友だちでいたいと思うに違いない。私はそうやって、自分に不利な点ばかりを探していた。それは彼女のための善後策を講ずる必要があったからだし、また一方では、自分が傷つかないための予防措置でもあった。

 だが、幸せなことに、それらはすべて杞憂となった。むしろ私が悩まなくてはならないのは、経緯をみんな文章にして、発表しなければならないという事実だった。考えただけで顔から火が出そうだった。


 私がどうしても、彼女に尋ねたいことがあった。Leeshaは、なぜ私が、求婚を断られると思ったのか、と訊いた。逆だった。なぜ彼女は、私と結婚しようなどと思ったのか?

「考える時間は、絶対ほしかったんですけど」

 そうLeeshaは言った。

「断る理由が、思いつかないんですもの」


 私は満足した。東の空が白々と明けてきていた。私は星降る丘を下り、夜露に濡れた草を踏みしめ、未来の妻を連れて、ゆっくりとウィンダスの門に向けて歩き始めた。


(03.11.17)
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