その21

キルトログ、致命的な過ちを犯す

 Kewellに会ってからというもの、自分の中で小さな革命が起こったようだ。私は以前より強さに対して貪欲な姿勢を保つようになった。

 彼女の話は、少し停滞ぎみだった私に新しい刺激を与えてくれた。私はいまだに弱く、世界への扉のノブを握るほどの資格もないひよっ子ではあるが、サルタバルタをうろつく獣人どもでは物足りなくなっているのも事実だ。自分が井の中の蛙であることは再確認した。強くなりたい。これまでもずっとそう考え続けてはきたが、それは一種の願望に過ぎず、必ずしも切迫した気持ちに突き動かされてきたわけではない。
 これよりは違う。私は絶対に強くならねばならぬ。


 以来、頻繁にホルトト遺跡の隠し通路へ出向くようになった。

 どうせならとBluezに連絡をとろうとしたが、私との暮らしのサイクルが違うのか、あれ以来彼の姿を見つけることはできなかった。だから一人で潜り、一人で戦った。いささか寂しくはあったものの、早く強くなりたい自分にとって最高の訓練であることは間違いなかったから、経験はどんどん上乗せされていった。

 頻繁にあそこへ出向いてわかったことだが、Bluezのように、間違って通路に迷いこんでしまう人は少なくないらしい。というのは、迷子になった冒険者たちを一日で二組も見かけたからである。

 私とレベルの変わらないタルタルとヒュームのコンビがあった。ここで鍛えているのだろうとばかり思っていたが、私を呼び止めて、院長はこの奥にいるのか、などと尋ねる。私は彼らが誤った場所に来てしまったこと、この通路の非常に危険なことを話して聞かせ、本来の迷宮に戻るべきだと告げた。私は本来の隠し扉の位置をことこまかに説明して、二人をもとの迷宮に送り返したのである。

 まあ彼らはともに8レベルなので、たちまち生命が危なくなるということもおそらくなかったろう。だが直後に出会ったタルタルは、5レベルの黒魔道士でありながら、一人で遺跡に来たある意味つわものであった。この実力では戦士であってもまともにゴブリンと相対するのは難しい。わかっているのかいないのか、彼はそれでも奥へ行きたい、と言って私を抜き去っていこうとする。全力で彼を引きとめた私は、絶対に死ぬからおよしなさいと何度もいい聞かせ、何とか先ほどの二人が去ったのと同じ方向へ差し戻したのであった。

 後で知ったことだが、Kewellもこの迷宮に挑み、最深部で敗れ去ったことがあったらしい。そうであれば、ますます安易な気分で探索に臨むことはできまい。


 時には地上にも出てこなくてはならない。湿っぽい洞窟にばかりいると陰鬱になってくるし、国に戻ってシグネットをかけなおしてもらう手間も考慮に入れなければならない。

 東サルタの最北に狩場を移して、少々骨のあるヤグードを倒し、川の中で休息をとっていた時のこと、ヒュームの女戦士が近くの小橋の上を通りかかり、私に向かって気軽に声をかけてきた。

 髪型のせいで一見Mareを思わせたが、人見知りとは無縁そうな明るい口調がまるっきり違っていた。ミッションで東の魔法塔に行くのだが、一緒しないかと言う。しかしこの人の簡素な装備からして、どう見ても私と同じくらいの実力だとは思えぬ。案の定彼女はやっと5レベルになったばかりで、剣も盾も持たず、背中にくくりつけたハーブーン(両手槍の一種)を得物にしているところだけが目を引く程度であった。

 この
Deniss(デニス)にはタルタルの連れが一人いた。Freeball(フリーボール)という。こちらは4レベルの黒魔道士ながら、2レベル白のサポートジョブを身に付けているのだから大したものだ。話によると彼らは旧来の友人ではなく、先刻出会ってパーティを結成したばかりなのだと言う。

 レベルの近い同士の集団でないと経験は均等に入らない。私などが混ざっても彼らの成長の妨げになるばかりである。だからそのうちに彼女たちも去るだろうと思われたが、いっこうに私を諦めて行く気配がない。まあ彼女たちが経験を厭わなければ、私も別に断る理由がないので、とりあえずてっとりばやく用事を済ませる手伝いはできるだろう、と思いパーティに加わることにした。

 先人同様迷子になって、例の隠し通路にさまよい出てしまう危険もこれで防げるだろう。


 私は自己紹介をして、自分のことはキルと呼んでくれと伝えた。これはまず誰に対してもそう言うのだが、急時にキルトログなどと面倒な名前を叫ばせるのも仲間に悪かろう、というのが真意である。

 Denissは人懐っこく、キル、キルと気軽に私を呼ぶ。彼女はヴァナ・ディールにすら慣れてないようだったから、ギルドでお金を稼ぐ方法やら、命を落としそうな時に助けを求めるうまい方法やらを、自分なりに噛み砕いて伝えながら、行きがけにヤグードを見つけてはぶちのめした。案の定何の足しにもならぬほどの経験だったが、二人は楽しんでいるようだったので、この方面のデメリットは考えないことにした。


 ところで私は手痛い失敗を遺跡でやってしまうことになる。ここは勝手知ったる場所であり、ゴブリンとは何度も戦って充分慣れている。思えばその油断がこの致命的なミスを生んだのだろう。

 例の隠し扉の前に来たとき、私はDenissに
「この先に間違って踏み入ってはいけない」
と伝えた(詳しくはなかったが、Freeballは通路の存在は知っていた)。そして私が院長と会った通路の壁に二人を案内した。現れる通路の奥は行き止まりだが、そこの壁に隠し扉があり、魔法実験が行われていた部屋につながる。ただその手前には、最後の難関よろしく、二匹のゴブリンが未熟な冒険者を待ち受けているのである。

 私は

「片方を自分が片付けるから、もう片方を二人で頼む」

と伝えて、標的に挑発を仕掛けた。ゴブリンは乗ってきた。たいして強くはなかったのだが、こちらの攻撃の命中率が悪く、少し時間がかかった。いつものように数撃で倒していたらこの次の展開もまた違っただろう。

 Denissが未熟でありながら挑発を使えること、Freeballは実際には老獪な冒険者であること、これを考え合わせて、二人いればゴブリンは十分だろうと踏んでいた。だが自分の戦闘が終わって、ふと見ればFreeballは瀕死の状態にある。そこで私は、どんなに経験豊富であろうが、彼は今は4レベルの魔道士に過ぎないのだ、ということに今さらながら思い至った。だが気づいた時にはもう遅かったのだ。

 挑発は、何故か戦闘に介入していたコウモリにかかってしまった。

 コウモリが向かってくる視界の片隅で、タルタルの魔道士が地面に崩れ落ちるのがちらりと見えた。


 HPに戻ったらしいFreeballは、挑発が失敗したのかと私を責めた。彼の死は完全に私のミスによるものだ。何と言われようが頭を下げるしか方法がない。

 彼はそのままパーティを離脱してしまったので、私とDenissのみが遺跡に残された。

 それからは順調過ぎるほどミッションはうまくいった。仲間の死というショッキングな出来事のせいで、余計に気が引き締められたせいもあろう。今回のことは大変貴重な示唆を含んでいる。    Freeballには本当に申し訳なかったが、思えばDenissは戦士であるから彼女にとっても将来重大な教訓となるであろう。

戦士の屈辱は自らの死にあらず
仲間の死こそ敗北と思い知れ
 

 
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