その22 キルトログ、ギデアスに潜入する(1)
ここは生物の成長、あるいはそれに関連する魔法についての研究機関である。ヨラン・オランはきっとここの院長だったのだろう。院生たちは空腹に堪えながら日夜研究に勤しんでいる。冒険者に用事のあるような場所ではないが、屋上なんかは簡素な植物園といった趣で、いちど細かく見学に来てみるのも一興かなどと思わせる。 先に述べた通り、私への指令は、ヤグードの本拠地ギデアスに食糧物資を運べというものであった。思い出すだにいまいましい。ここでは飲料・食糧の両方の袋が渡される。最後に 「物資を運んでいたって、獣人は容赦なく襲ってくるから」 という、ありがたいお達しがある。涙が出てきそうだ。私のこの仕事は、ウィンダス国民のいったい何の役に立つのだろうか。 鼻の院の別の棟には、腹をすかせているくせに何だか偉そうな物言いの研究員がいる。冒険者を使用人のように思っているらしく、野兎のグリルを持ってこいなどと贅沢なことを言う。それでいて代金は立替えというのだから呆れたものだ。まあこの国の役人が浮世離れしていることは、これまでの経験から承知しているつもりではあるが……。 ギデアスの地図を森の区の露店で手に入れた。まずはいつも通り、様子見に一人で出かけてみることにする。 ギデアスは西サルタバルタのさらに西側にあるが、切り立った岩肌が間をさえぎるので、実際には北へ大きく迂回しなくてはならない。アウトポストから道が二股に分かれているが、これを西へ辿り、さらに南へと進んでようやく彼らの本国へ到るのである。 私がひとりで歩いていると、3人の冒険者の一団が奥から出てくるところであった。ギデアスで戦い、ウィンダスへ休息をとりにでも戻るのだろう、と眺めていると、そのうちの一人が私のもとへ駆け寄ってくる。どうも私自身にも見覚えのある人物のようだ。 「キル〜〜」 声を聞けばすぐわかる。Denissであった。 3人はギデアスで経験を重ねていたが、一人がのっぴきならない用事があって、どうしても帰国しなくてはならないはめになったらしい。 その赤魔道士に代わって私が入った。8レベルに成長したDeniss、9レベルの白魔道士に4レベルの黒魔道士をつけたヒュームの魔法使いZip(ジップ)、そして私というトリオである。3人で行くならまず理想的な取り合わせではないだろうか。 ギデアスに到る道は、両側が切り立った崖になっている。この隘路を抜けて、どんな光景が広がるのかと思いきや、断崖絶壁に囲まれた岩道が続いているばかりだ。視界が開けても文化的な香りはほとんどしない。というのは、建物らしい建物が一切ないからだ。ヤグードどもは高所の岩肌に大きな横穴を堀り、どうもその中で暮らしている様子である。
まことに当然ながら、闊歩しているのはヤグードばかりであった。私とDenissはただちに切りかかったが、はっきり言ってたいした強さじゃない。ただ回復していても、次から次へと襲ってくるので気が抜けない。しかも敵は獣人ばかりではなく、東サルタの小川で見られた陸魚と同種の魚――ギデアス・プギル――が、こちらの姿を見つけるなり襲ってきたりして、好戦的なのに驚いた。ヤグードどもの瘴気を吸ったか、あるいは奴らがそういうふうに飼育したか……いずれにせよ、魚が自ら襲ってくるなんて、ろくな土地ではないことは確かだ。 私とDenissは同じジョブということもあって、戦士論というものに花を咲かせたが、これはZipをいたずらに退屈させただけだったようだ。彼はもっと経験がつめることを期待して、ギデアスにやって来たようであったから。それでも二人ともミッションを命じられていたので、不気味に口を開けた洞窟の前にいるヤグードに飲み物の袋を渡した。 「さっさと帰れ!」 チュウチュウと援助物資を吸いながらぞんざいなことを言う。だが荷物のないDenissは(ミッションを受けてなかった)、もっと罵詈雑言を浴びせられたらしく一人でふくれていた。 時間が遅くなったので、いちどアウトポストに戻ることにした。はっきり言ってたいした経験にはなっていないし、結局もう一つの物資を渡す食糧係も見当たらなかった。まとめて貰ってくれればいいのだが、役人というものはどんな社会でもたいして変わらぬものと見える。 私はDenissとZipに別れを告げた。彼らは私の慇懃な言葉づかいに、そんなに丁寧な物言いをしなくてもよい、と言ってくれる。ただ物々しい言い回しはなかばクセになっているので、努力をして直さないと抜けきらないかもしれない。 去り際にDenissの大声がした。彼女はヤグードの焚き火を見ながら「ギャー」と少々品のない叫び声を挙げている。 「ヤ、ヤグが、キャンプファイヤーしてる!!」
どうも彼女はこのレベルになるまで、奴らの習性をまったく知らなかったものらしい。
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