その26 キルトログ、故郷へ帰る(1)
ただ、旅立つ鳥は後を濁さないというヒュームのことわざもある。私はウィンダスでやり残した、いくつかの事柄にけじめをつけておくことにした。 『ララブのしっぽ』亭のおかみから頼まれていた件を無事に解決した。 円石を持っている人から譲ってもらおうとしたけれども、親切なミスラの人とはどうしてもトレードが成立しない。そこで時間を浪費させたことを詫びて、自力でクロウラーを倒し続けて二つも手にいれた。これでおかみはこれからも名物の漬物を作ることができる。私の請け負った中でも最も逼迫した依頼だっただけに、感慨もひとしおである。 お礼に貰った骨の髪飾りは、失礼ではあるが路銀に変えさせていただくことにした。 路銀といえば、ありったけの骨くずを買って、ありったけの風のクリスタルで合成を行い、6000数ギルを手に入れた。財産はできるだけ現金化しておきたかったから。クリスタルは21個あったのだけれども、最後にはたった二つが残るはめになった。のちにこの二つがあれほど重要な意味を持つことになるとは、神ならぬ身のその時の私が知ろうはずもない。 世話になった人に礼をと思ったけれども、めぼしい人はみんなウィンダスを飛び出している。偶然会ったRyudoにのみいとまごいをした。それで充分だ。私は東サルタの門をくぐり、短いながらも充実していたウィンダスでの生活に思いを馳せた。 バストゥークに馴染めなければ、戻ってくればいい。しかしおいそれと移動できる距離ではない。あるいはずっとレベルが上がるまで、長い間この門を見ることは出来ないかもしれぬ。 「さらばわが祖国、ウィンダス」 こみあげた感慨から思わずそう漏らした。私一人だとばかり思っていたが、後ろを振り返ると一人の冒険者が立っている。そそくさと離れた私の背中から「かっこいい……」という言葉がした。独り言を聞いていたらしい。 何だかばつの悪い想いがしたが、ウィンダスからの私の旅立ちを見送ったのは、結局この見知らぬ冒険者ただ一人だけであった。 ウィンダスとバストゥークは別々の大陸にある。そのなかだちをするのがジュノだけれども、陸路を行くことは死にに行くのも同然だ。 通常は、タロンギ峡谷からブブリム半島へ抜けて、先端にある港町マウラで定期船に乗る。これがクォン大陸の港町セルビナへ繋がるのであるが、セルビナからバストゥークまでもグスタベルグという荒野を抜けて行かなくてはならぬ。首尾よく船に乗れたとしても、海賊に襲われることもあるようだから、全くもって油断はできない。 私の出立の時刻が悪かったか、外にはだんだんとうすぐらい闇が広がってきた。夜はなおのことモンスターが凶悪になる。タロンギを抜けるあいだ、キャニオンララブの強さを調べてみて、ぎょっとした。私など歯牙にもかけないような強さである。ここでは私は野うさぎにすら勝てない。レベル9でこんなところを歩いているのも私くらいで、すれ違う冒険者を見渡せば、装備の貧弱さから私が最弱なのは一目瞭然だ。 ただ幸運なことに、マウラに続く道はこうした一騎当千のつわもの揃いだったので、強壮なゴブリンを見かけても「狩り」が始まるのを待ってやり過ごすことができた。タロンギよりもさらに寂然としたブブリムでもそれは同様だった。ここは幸い見晴らしがよく、地平の上の黒い人影はすぐに見つけられるので、大きく危険を迂回してマウラへと入ることができた。まったく生きた心地もしない。しかもこの旅はまだまだ終わったわけではなく、ようやく半分の道程を辿ったばかりにすぎないのだ。
マウラは寂寞感が漂い、何だか街全体が血の気を失ったように見える。鍛錬に来た冒険者は多いが、みな悲壮な面つきで仲間を捜し求めているので、ウィンダスで馴染んだ温和な空気はほとんど感じられない。 総領府へお出でなさい、とガードに言われたが、私はこの街にただ立ち寄っただけだから、先を急ぐことにした。とにかく船に乗らなくてはいけないのだが、船着場がわからぬ。もたもたしているうちに、巨大な船舶が目の前の桟橋にゆっくりと横付けするのが見えた。早くも定期便がやって来たのだ。 船に乗ろうとするが、巨大なガルカが道をはばんでいて通れない。係員らしきヒュームに話しかけても、こちらは出口です、と言うばかりでいっこうにらちがあかない。そうしているうちにも時間はどんどん過ぎていく。 船は待っていればまた来るから、急ぐこともないか、と思い始めたとき、一人の冒険者がどこからか大声をはりあげるのが聞こえた。 「風のクリスタル、ひとつ100ギルで買いまーーす……」 ウィンダスでお馴染みの光景である。合成にいくつか失敗したせいで、私は手元にクリスタルが二つだけ残っていたことを思い出した。 私は即座にこの人物に「売ります」と返事をした。ささやかかもしれないが、お金は多い方がいい。また、マウラにいるような冒険者なら、セルビナからさき賢くバストゥークへ到る道のりも知っているだろう。ただ聞くのなら気はひけるが、取引のついでに尋ねてみるのなら相手もとくべつ悪くは思うまい。 果たして私の前に現れたのは、Sol(ソル)という小さなタルタルだった。しかし31レベルのモンクというとんでもない実力者である。私など足元にも及ばぬ大先輩だ。 丁重にセルビナからの道程を聞いてみる。 「だったら船に乗らなきゃあ」 わかっているのだが、乗船してしまえば後には戻れない。 「ついておいで」 あろうことかSolは代金を払って、桟橋の方へ駆けていく。私も慌てて100ギルを払って続いた。だが非情にも我々の目の前で船は岸を離れ、どんどん遠くなっていく。 彼はくやしげだったが、定期船は1日に3便出ているから、しばらくすれば次の便がやって来るだろうと言う。 「待とうか……」 これが私の恩人、Solとの数奇な出会いであった。
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