その27 キルトログ、故郷へ帰る(2)
Solはガルカの私をバストゥーク人だと思っていたらしい。だが、それならセルビナからの道に不案内なわけがない、と気づいたようだ。祖国を明かすとひとしきり感心して、ウィンダス出身のガルカを初めて見た、といって興奮している。そして私が、友人を追ってウィンダスを後にしたのだ、という話をすると、感動したのか大粒の涙を流しておいおいと泣き始めるのだった。 海賊が来る様子もないので、私たちは甲板に上がった。ヒュームの冒険者がひとり釣りを楽しんでいる。残念ながら獲物がかからないようだが、Solは 「退屈しのぎにモンスターでも釣れないだろうか」 などと物騒なことを言っている。
このときふと傍らに目をやると、巨大な魚(シー・プギル)が今まさに彼の背後に迫らんとしているではないか! 「さかな……」 私が言うか早いか、彼はすべてを察知して反転し、鮮やかなパンチを食らわせて巨大魚をノックアウトした。 「ざこ」 とだけ言い捨てて再び釣りに興味を戻す。 私は彼の強さに感じ入るとともに、なるほどこれが本当の雑魚だ、などとどうでもいいことに感心した。 同じ港町でも、マウラとセルビナはまるで趣が違う。漁師町という性格のせいか、セルビナはマウラほど開けていないかわりに、港で作業する漁師たちが強い生活臭を漂わせている。 その中にガルカの姿もあって、何だか嬉しくなった。彼はバストゥークでのヒューム至上主義に触れて、ここでは皆が協力しなくてはならないので、そんな理屈は通らないと力強く言う。なるほど自然は厳しいし、モンスターは凶悪である。「力を合わせなくては生き抜くことが出来ない」という信念は、冒険者精神と完全に相通ずる。
その冒険者だが、何かの祭りでも催されるのかと思うほど、町の入り口に大勢がたむろしていた。数からしてマウラの比ではない。 人ごみのせいで、Solをたちまちに見失ってしまった。しかしほどなく戻ってきて、「町の外へ出てみたが、トレインが凄い」といって肩で息をする。誰かが獣人を引き連れてきたまま、セルビナに入ってきたものらしく、ゴブリンがうようよと行く手を阻んでいるという。 Solの提案で、私たちはしばらく待ってから出発することにした。一歩外に出ると、なるほど彼の言った通り、いたるところで冒険者たちがゴブリンと斬り合い、阿鼻叫喚の様相を呈している。近くには死体も転がっていて、この戦いが凄惨を極めていることを物語っている。 Solはそれにかかわりあうことなく、傍らを駆け抜けていく。私は必死で置いていかれないように後を追う。こんなところで死ぬのだけはごめんだ。思ったよりもずっと幸運に、バストゥークが一歩一歩確実に近づいているのだから……。 セルビナから外に出ると、バルクルム砂丘に出る。果てしなく白い砂が広がり、反射する光が目に痛い。ここを一息に駆け抜けてコンシュタット高地へと向かう。 コンシュタットは緑が多いにも関わらず、とにかく風が強く、舞い上がるほこりが視界を遮る。丘の上には誰が建てたか人造の風車が見える。周辺は牧草地であるし、マッド・シープがたくさんうろうろしているので、この凶暴な風とゴブリンどもがなければ、一見のどかな牧場を思わせる。 私はひっつき草のようにSolに追従するだけだが、ここでとんでもない敵に出くわした。 腹の底に響く地鳴りが聞こえ、小山を思わせるほど巨大な羊が姿を現す……。噂には聞いていた。この周囲一体の冒険者に災厄をもたらす死神。 その名もトレマー・ラム。 「さがって!」 勇敢にもSolは一人でこの悪魔へと飛びかかっていった。私は岩陰からことの成り行きを見守った。 彼とてもこんなところでこのような強敵に出会うものとは考えていなかったらしい。これまでの道程でいくらか手傷を負っていたが、体力の多い彼は、フルの状態に回復するまで待つと時間がかかりすぎるから、8割の体力を残しているのに過ぎなかった。それでもこの界隈では死ぬようなことなど考えられぬのだが、この大羊だけは話が別だ。こいつのせいでバストゥークの冒険者の多くが命を落としているのである。 彼はモンクとして、できる限りの技をつかって、この死闘に終止符を打った。大羊は強力なコンボの一撃を受けてついに倒れた。私は感激して思わず手を叩いたが、さすがに彼はそれどころではなく、座り込んで体力の回復を始めた。なぜこいつがこんなところに、とSolは首を捻っていた。我々は高地に踏み出したばかりだったからだ。もしかしたら砂丘とのエリアの境界近くなので、逃げる誰かを追いかけて遠出したものかもしれない。 それからの旅は順調だった。北グスタベルグから南へと抜けていく。いよいよバストゥークが近いのだ。 私がそれを一番実感したのは、獣人が襲ってきたときだった。噂どおり、二本足で立った陸亀のような容姿。クゥダフだ。このうちの一匹が魔法を私にかけてきた。調べてみるとたいして強くないのがわかった。もうびくびくする必要はない――私でも充分に倒せるレベルの敵がいる。ということは、人類が支配する領域から遠く離れていないことを意味している。 ヤグードに対して常にそうであったように、私はクゥダフにも容赦のない斧の一撃を喰らわせた。 Kewellの手記により多少の知識はあったが、なるほどグスタベルグは荒涼とした土地で、こころなしか空もくすんで見えた。これを見ればバストゥークが新興国家なのも肯ける。こんな緑の少ないところに好んで住む人間は少なかっただろうし、地下資源を採掘する技術が発達しなければ、ヒュームやガルカが集うこともなかっただろう。バストゥークの発展はおそらく、人類の文明が新しい段階に入ったことを表しているのだ。 白いアーチが見えてきた。そこを潜れば目的地だ。 ヒュームとガルカの国、バストゥーク共和国。 私はついに、心の中にしか存在しなかった、私の故郷へと帰ってきたのだ。 門を抜けて落ち着くなり、私はSolに心から礼を述べた。彼がいなければ、私は間違いなく砂丘で朽ち果てていただろう。 Solは早速、風のクリスタルの募集を始めた。自慢の手製のシェルリングとシェルイヤリングには、買い手がすぐにやってきて、少しまけてくれと値段交渉が始まる。 私は彼との出会いの記念と、私自身のこれからのため、彼の作ったこの防具を二つづつ買った。邪魔をしては悪いから、はやばやと彼のもとを離れた。私がこの国でまず何をしたか……は、次回の記録にて述べさせて頂く。
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