その33

キルトログ、一日に5度死ぬ
バルクルム砂丘(Valkurm Dunes)
 ベッフェル湾沿いに広がる、広大な砂丘。
 ほとんどの場所が遠浅になっているが、一箇所だけ深度がある岩石海岸の地帯があり、そこが自治都市セルビナの港になっている。
(ヴァナ・ディール観光ガイドより)
 港区からにぎやかな商業区に入ると、私を呼び止める声がする。一緒にレベル上げの鍛錬にいかないか、というお誘いであった。私は丁重に、ではシグネットの準備をするから待っていて下さい、と断ったうえで、わざわざ領事館に足を運んでガードに魔法をかけてもらった。

 私が商業区の門――南グスタベルグに通じる――に出向くと、ヒュームの白魔道士Antares(アンタレス)(10レベル)が頭を下げた。傍らにいる同じくヒュームの戦士は、彼の仲間だと思われる。Coldclaw(コールドクロー)(戦士9、シーフ4レベル)という名前である。

 私は一人だけ誘われたのだと思っていたが、ぞくぞくと仲間が集まってきた。やがて10レベルモンクのWish(ウィッシュ)が合流する。この人はスキンヘッドに鮮やかなさそりの刺青を施している。女っ気のない肉体系ばかりかと思えば、更にタルタルのSlystone(スライストーン)(白魔道士12、黒6レベル)、ヒュームのHealrain(ヒールレイン)(赤魔道士12レベル)という女性コンビが加わった。パーティは定員ぎりぎりの6名。私がこれだけの所帯に入るのは、タロンギ峡谷に旅したとき以来のことになる。

 私は土地に不案内であるから、行き先や目的はすべて一同にまかせることにした。パルブロ鉱山や、ダングルフの枯れ谷などの案が出たが、Antaresが音頭をとって、ではバルクルム砂丘で「とても強い」モンスターを狩ろう、ということで話がまとまる。
 
 砂丘や高地にはあまりいい思い出がないだけに、少し不吉な思いがしたが、それがのちに最悪の形で実現しようとは、私も夢にも思っていなかった。


 Antaresが先頭を切り、ときどき間延びしたりしながら、私たちはグスタベルグを抜けていった。その間に、攻撃の順番や役割を綿密に話し合う。戦士の私はColdclawとともに盾となり、お互いに挑発を繰り返しながら、ターゲットを分散させるのが仕事となる。

 コンシュタットへ入り、手始めにゴブリンを相手にすることにしたが、大して苦もなくやっつけてしまう。びくびくしながら横断していたのが嘘のようだ(もちろんそれは人数の問題が大きいのだが)。この界隈にはマッド・シープがたくさんうろついているが、シープソングと呼ばれる、人を眠らせる叫び声をあげるので危険だと言う。一度寝付いてしまうと攻撃をかけられない限り目を覚まさないというのだ。

 一同は受けているクエストのアイテムを取るために、道標と風車を探してから目的のバルクルム砂丘へ向かった。途中でコンクエスト報告があり、再びバストゥークが一位に返り咲いた。Coldclawは歓声を上げて喜んだが、私とSiystoneの二人は、祖国がまた最下位になったと聞いてがっくりと肩を落としたのだった。


 ここで我々が行った「狩り」は、ヴァナ・ディールで行われている非常にポピュラーな様式なので、この場を借りて紹介しておきたい。

 まず一行は、周囲に敵のいない安全な位置に陣取る。魔法を使える者がひとり離脱し、獲物を探す。獲物を見つけると、その旨をパーティに報告し、何らかの呪文(パライズ(注1)など)を仕掛ける。

 とうぜん獲物は術者に襲い掛かってくるわけだが、術者はパーティの待ち受ける場所へ逃げ来る。この行為を「釣る」と言う。パーティのうちの戦士が、術者が攻撃されないうちに挑発をしかけ、ターゲットを自分に移し変える。その後はめいめいが攻撃、回復をしながら、自分より手ごわい敵を全員でやっつけてしまう。

 この作戦でポイントになるのは獲物選びだ。経験を多く得るためには、敵は強いのが理想だが、強すぎてもいけない。必然的に戦いはぎりぎりの状況を強いられる。その中で、お互いがお互いの役割をしっかりと果たすことが重要となる。パーティ間の結束こそが冒険者たちの最大の武器だ。それなくして、強力なモンスターと対峙することは不可能である。

 しかし、実際やってみればわかるが、この結束というのが実に大変なのである。

 私たちはみんな、砂丘に旗を立てている、バストゥークのガードにホームポイントを設定してもらっていた(私は外国人なので200ギルを支払った)。いざという時に安心、というわけだが、もちろんいざという時は来ないのが一番望ましい。Healrainの釣ってきたナイト・バットに私は倒された。これは彼女の「釣ってきた」という合図が明確さを欠き、全員に伝わりにくかったためである。おまけに隊列が間延びしていて、一方の戦士は戦闘に入ったことにすら気づいていなかった。お互いに叱責や自己嫌悪があり、気をとりなおして……と私たちは再び自らを戦闘に狩りだした。一度やられてもすぐ近くで蘇生できるのである。やられたことで失った経験を取り戻さなくてはならない。そう、もっと強い敵をどんどんと倒すことで……。


バルクルム砂丘 砂丘にて。
見ての通りの灼熱の場所


 最悪なことに、この日は大変に人出が多く、200人近くの冒険者が砂丘に集って狩りをしていたのである。

 読者諸氏はもしかしたら、周囲の人数が多ければ、それだけ助けが期待できるだろう、と考えるかもしれない。しかしそれはまったくの逆である。おおよそ狩場に人が多いというのは、獲物の取り合いになるし、周囲の人を不慮の事故に巻き込むしで、長所はほとんどないと言っていい。

 前述したように、冒険者はお互いの結束を頼りにこの場所で戦っている。ひとりでは非力だからこそ結束しているわけである。従って、何かアクシデントが起きたとしても、個人で挽回出来るレベルの事故でなくては頼りにはならない。多くの場合、冒険者は自分たちのことで手いっぱいであるから、結局は無駄に烏合の衆となるだけである……この日がそうであったように、だ。

 Healrainに代わって釣りを担当したSlystoneは、さすがに手馴れていたが、パーティの努力だけでは防ぎきれない事故が多発した。強すぎるモンスターを釣ってきては盾役が、回復役がやられた。これは敵の強さの判別が、たいへんにあいまいな形でしかわからないことに起因している。早い話が戦ってみないと敵の正確な強さは把握できないのだ。

 その苦戦中にゴブリンがやって来ると、地獄が始まる。血が飛ぶ。悲鳴が上がる。冒険者は雪崩をうって逃げ出し、遅れた者が次々と獣人の毒牙にかかっていく。立ち止まって一矢を報いようとする輩もいるが、結局は空しく、人類の誇りも意地も尊厳も、圧倒的な力の洪水に流されてしまう。白い砂の上に、怒号のあとだけが残る。無念の屍をさらし、復活したのち、再び危険に身をさらして、死体を横たえる。その繰り返しだ。仲間も随分死んだが、私は都合5回もやられるはめになった。

 その最後の死は、ゴブリンを避けようとして、北へ逃げたためだ。愚かな判断だった。南へ下って、コンシュタットに逃げ込んでいれば、おそらく助かっただろう。これだけやられて、レベルが下がらなかったことだけが不幸中の幸いと言えようか。

 随分と長きに渡り殺伐とした戦を繰り返し、私は4度目の死から復活したあたりで既に疲れ果てていた。

 ところが一行は、自らを奮い立たせるかのように、何度でも目の前の戦場に立ち返ろうとする。私がそれとなく帰ろうと水を向けても、真意が届かないようだ。

 私はすぐにでも戻りたかったが、私一人抜ければ、大幅に戦力比がダウンするのは目に見えていた。よしんばひとりで離脱したとしても、コンシュタットを単身抜けていく踏ん切りはつかなかった。私は戦士として雇われたのだし、皆が望む限りは皆につきあおう。そう思って何度も、挑発を繰り返しては爪と斧を振りかざすのだった。

 だがさすがに5度目の死で、緊張の糸も切れてしまった。

 ゴブリンさえ来なければ、最高の狩場なのに、と誰かが言ったが、その条件が加わっている時点で、既に狩場としての価値は従来通りではないはずである。

 鉱山に場所を移そうか、という話が出た時点で、そこまで帰るのなら、私もモグハウスで休みたい、と話した。それが合図で、今回の遠征は打ち切られることとなった。

 一同には私がこうした手記をつけていることを話した。恥をさらすことにはなろうが、後に続く冒険者諸君に、手っ取り早く強くなるのは容易ではない……ということだけはお伝えしておきたい。

注1
 パライズは敵を麻痺させて、攻撃回数を減らさせる魔法。

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