その35

キルトログ、鉱山区を歩く

 商業区の防具屋の2階に、創造性を失うことを嫌って、ギルドと距離をおくエルヴァーンの彫金師がいる。この人にカッパーインゴットを調達してくるように頼まれた。しかし肝心のギルドで精製しようにも、材料の銅鉱が売り切れていて作ることができず、ずっとこの依頼人の願いを叶えることが出来ずにいた。

 問題が解決したのは、私が鉱山区へ入ったときであった。ツェールン鉱山前にタルタルの
冒険者を見つけ、彼のバザーの中からその品物を売ってもらった。いちど鉱山へ入った彼をわざわざ呼び戻すという無礼をしたにもかかわらず、彼は150ギルのインゴットを100ギルにまけてくれさえした。まこと、善意の人というのはいるものである。

 鉱山区はいつか探索せねば、と思っていたが、住民が口を揃えて物騒だと言うので、これまで敬遠してきた。身の危険を恐れるのではない。ヒュームに虐げられ、搾取されているガルカの姿を直視することがためらわれたのだ。それが逃げであることは私が一番よくわかっている。憂鬱なのは、私が何を見、何を聞き、何を決断したとしても、この現実を変えることは出来ないだろう、という確かな予感があったからだ。


 ガルカの住居は鉱山区の北東にある。構造は2層になっており、下り階段の下に長屋が続く。荒廃した区域で、おせじにも清潔だとは言えない。扉に板が打ちつけられ、居住不能になった家も少なくない。昼間だと言うのに人気がなく、歩いている冒険者など私くらいのものだ。

鉱山区下層 地元民が「地下道」と呼ぶ鉱山区下層。
画面左の住居は閉鎖されている。
奥の扉は錬金術ギルド。

 正直に言って、ここは貧民窟そのものであり、中流以上のヒュームにとって掃き溜めのようなところだ。この最奥には錬金術ギルドがある(注1)。上層、と言っても地上と高さは変わらないのだが、こちらは少しましになって、木賃宿『コウモリのねぐら』亭(センスある名前とは言えない)や、ガルカが持ち前の技術を活かして作った防具の店などがある。伝統工芸などと言うと聞こえはいいが、バストゥークの、ある意味ではプレジデントより重要な人物、シド工房長が次々とものにする新素材に押され、ガルカたちはどんどんと職を無くしているのが現状だ。彼らの品物の質がいいことは見ただけでわかるが、商業区に同じような値段で売られている防具は、おそらくこれよりもずっと安いコストで生産されているのだろう。

上層 鉱山区上層
陳列品 防具屋には、ガルカの手による業物が陳列されている

 バストゥークの光と影、悲しいことにガルカは後者にあたる。現在のミスリル銃士(注2)には、ガルカからはたった一人、アイアン・イーターが選ばれているばかりだ。これは、ウィンダスの魔法学校にミスラが一人しかいない、というのとはわけが違う。現実的に考えて、力強き長寿の民ガルカが、特殊な才能を持たないヒュームにかほど遅れを取るとはまずあり得ないことだ。ツェールン鉱山に行ってみるがいい。ヒュームの監督官は、近くで不気味に身体をくねらせるトンネル・ワームや、羽根音を立てて飛び回るディング・バットではなく、黙々とつるはしを振うガルカに注意の大半を注いでいる。ガルカの伝説の暗黒騎士ザイドが、先の大戦で犠牲となったときも、現銃士隊長のフォルカーや、先述のシドなど、ヒュームの活躍ばかりにスポットが当てられた。この国のヒュームは、国史からもガルカを葬り去りたいものと見える。

 私はこの話を、鉱山区にいる
ウェライから聞いた。彼はこの近辺で最も長寿のガルカであり、若い頃には武運優れ、アイアン・イーターに銃の使い方を教えたりもしたという。ガルカは200年生きたのちに転生するが、そのさい現世の記憶はすべて失われる。ただ各世代にたった一人だけ、来世に記憶を受け継ぐ者が現れる。彼らは「語り部」と呼ばれ、ガルカ社会において特殊な地位を得る。だが先の大戦、正確には30年前に、我々の世代の「語り部」は失われた。ウェライは彼の名前を教えてくれようとはしなかった。

 ガルカが現在のような地位に貶められるに到ったのは、指導的立場にいる人物を失った、という不運だけではあるまい。誤解を恐れずに言うが、この国のヒュームはガルカを恐れ、一方で羨んでもいる。彼らは才能という面では、5つの人類の中で最も見劣りする。たが、ヒュームが何より傑出しているのは、「自分たちが何ら特別な能力を持たない」という現状認識だ。彼らは意図的ではなかったかもしれないが、種族全体で結束し、繁殖能力の高さを生かして個体数を増やした。そこから積極的にヴァナ・ディールを開拓し、優れた物質文化を積み上げることで、個人個人のハンディキャップを帳消しにしたのだ。これは自然の摂理を考えればわかることだ。およそ個の能力の低い生き物は、高い繁殖数を持って種を存続する。逆も然りである。ガルカは選ばれた民だ。しかしそれゆえ、ヒュームのように繁栄することを許されなかった。転生を通じては、我々は決して個体数を増やすことがないからである。

 ヒュームがどれだけ渇望しても――あの老人のように、死に近づくことで生の火花を燃やしても――決してガルカのような長寿と達観を得ることはできない。その絶望感、妬みと嫉み、力への憧れ、ヒュームの憎しみの根底にあるのは、そうした感情の反動ではあるまいか。不幸にして、ガルカはこれを理解できなかった。この国で両者は、間に横たわる溝の深さを確認することでしか、お互いの存在を認知することができない。


 ヒュームとのゆがんだ付き合いの中で、彼らに服従する者、妥協点を見出そうとする者、あくまでもガルカのアイデンティティを保とうとする者など、種族内でも意見は割れている。鉱山区には圧倒的に後者が多いが、
スティール・ボーンズブラック・マッドなど、ヒューム側がつけた一方的な呼び名を受け入れるかどうかは、その一つの基準になると言えそうだ。

 ヒュームと言えば、『コウモリのねぐら』亭には、
エルキという若者が宿を取っている。この人の曽祖父オムランは、かのパルブロ鉱山を切り開いた始祖の一人なのだそうだ。北グスタベルグのゼーガムの丘に、その旨を記した石碑があるのだが、モンスターが恐ろしくて近づけないから、代わりに献花をしてきてくれという。花束を貰った帰り、私は下層の方に降りて、かねてからの約束だったパラゴ(注3)の家を訪ねた。

 例の威勢のいいヒュームの少女コーネリア。思い出されたい、パラゴはその友人のガルカだ。彼女との約束通り、彼の代わりに私は倉庫へ亜鉛鉱を持っていった。男は代わりに、
パルブロ鉱山記という文書を、パラゴ宛に私へと託したのである。

 彼が怪我をしてまで欲しがった記録には、鉱山を開いた10人のヒュームの偉業が称えられていた(私が見た限りでは、オムロンという名は判別できなかった)。パラゴは大変にありがたがって鉱山記を受け取り、その礼にと
ブロンズナイフをくれた。はっきり言ってたいした報酬ではないが、貧しい彼に対してそれを言うのは酷というものだろう。用事を済ませた私は、さっさとこの貧民窟を去ることにした。禿頭のごついガルカが罵声を浴びせてきた。彼の言う通り「よそ者は去れ」である。
 

 商業区に戻る途中、パラゴのことを考えていた。彼はなぜあんなものを欲しがったのだろう。鉱山記は、10人の偉大なヒュームの記録だ。その中にガルカは含まれていない。
 そう、10人がいて、その中にただの一人も……。
 

 パラゴは別れ際、コーネリアに会ったら伝えてほしい、と私にこう言った。
「もうガルカとは、関わり合いを持たない方がいい」と。

 私はこれ以上、深く詮索することをやめることにした。

注1
錬金術ギルドという、れっきとした生産組織が、このような界隈にあるのは非常に興味深い。おそらく実直なバストゥークの社会では、魔法関連の道具(材料および生産方法)に対する理解が、ウィンダスほど進んでおらず、「うさんくさいもの」とする考えがいまだ根強いのだろう」
(Kiltrog談)

注2
 バストゥークの国防を担うのは銃士であって、騎士ではありません。ミスリル銃士はその最高峰に位置する、わずか5人からなる超エリート集団で、以下順次、銃士の階級に応じて金属の名前がつけられています。

注3
 ガルカ本来の名前は、Parraggoh,Boytz,Babenn、Gambahなど、濁った重音が多く、ものものしい印象を受けます。ヴァナ・ディール・トリビューン(モグハウスで閲覧できる報道紙。公式ページからもリンクされています)のコラムでは、これらの名前の傾向は、古代のガルカ特有の言語の名残りだ、とする説が記載されています。

(02.07.22)
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