その39

キルトログ、祖国で踊る(2)

 20年前、クリスタル戦争という、ヴァナ・ディール全土を巻き込む獣人との一大決戦があった。破壊的な力を持つ魔獣や強力な火器を前に、人類は壊滅寸前まで追い込まれたが、ジュノ大公国のなかだちで各国が結束。戦況を徐々に盛り返して、英雄たちが遂に「闇の王」を倒し、戦を終わらせた。その時にはヴァナ・ディールの大部分が焦土と化していた。天晶暦863年のことである(注1)

 その絶対的な危機にあってすら、目の院は自らの役割を見失わなかった。古来から続いた知恵と知識の結晶である「本」を守りぬき、次代に伝えること。目の院の院長トスカ・ポリカは、誇らしげに自らの管轄する組織の歴史を振り返り、無知な私に向かって小さな胸を張るのであった。

 さて書物と言っても千差万別であり、中には非常に危険な魔力を持つ物も存在する。こうした本は闇の法に準じた存在で、素人はおろか、院長クラスの魔道士ですら開くことが許されない。これを総じて禁書と言う。目の院はこれまで一冊たりとも書物を紛失したことがないのが自慢らしいが、ただ一つの例外――さっきと矛盾するではないか――があるという。
『神々の書』と呼ばれる、その無くなった禁書を探せ、というのが今回の依頼である。

 何しろ20年ものの行方不明である。犬や猫を探すようなわけにもいくまい。無茶を言うものだと思ったが、さすがにそんな雲をつかむような話ではなかった。トスカ・ポリカが見当をつけた本の持ち主は、この国なら誰もが知っている泥棒である。

 猫は森の区の外れにいた。

 禁書について問い正したが、ナナー・ミーゴは悪びれる様子もない。自分の要求を飲めば見せてやらないものでもない、と独特の気だるい声で答える。タロンギ峡谷にシャクラミの地下迷宮というのがあるが、その中でときに瑠璃サンゴという珍品が見つかるのだという。これとなら引き換えにしてもよい、と言うのである。これを判別するための瑠璃メガネも預かった。私がとるべき道はひとつしかないようだ。

 だが困った。タロンギ峡谷に出かけるなら、しばらくウィンダスを拠点にしなくてはならない。これではバストゥークへ戻るのも当分お預けになりそうな雰囲気だ。


 Kewellにシャクラミについて話した。彼女は入ったことがないという。シーフの修行中だった彼女は、そもそも行きたくても行けなかったのだ。時間的制約ではなく、単純にレベルが足りなかったのである。

 彼女はバストゥーク周辺に例えて、シャクラミはグスゲン鉱山に相当するくらいの敵が出る、と説明した(それを聞いて、ぼろ布のようなまがまがしいゴーストのことを思い出した)。私はようやくコンシュタットの入り口でひとり立ちできるくらいの実力だから、まったくもって話にならない。道理で「優秀な冒険者」と条件がついたはずだ。ウィンダスに残ってシャクラミに赴くとしても、明日あさってというわけにはいかない。気の遠くなるような時間が必要である。

 私は思った。もともと20年から行方不明なのだから、それが少し伸びたところでたいして問題はないだろう。それに瑠璃メガネは私の手もとにあるから、この取引が終わるまで、ナナー・ミーゴは瑠璃サンゴを手に入れることができないはずである。たがいに人質をとっているようなものだ。

 結論を出すのに時間はかからなかった。バストゥークで雑事を重ねながら、修行を続けたほうがよさそうである。


 祭りからはや一昼夜が過ぎ去ったが、騒ぎはまだ続いていた。場所を移したらしく、調理ギルドの前の広場で、彼らの言う「花火」が上がっている。合成の光、魔法。こっちの方がにぎやかね、とKewellが言った。余計な人数がいないぶん、統制が利きやすくなったのだろう。


 出立の準備が済み、水の区の北門から出ようとしたところ(注2)、ヒュームの女性の冒険者が話しかけてきた。だが「3LV up」というばかりでいっこうに要領を得ない(注3)。応対しているうち、身なりのいいガルカがやってきて、キルトログの手記を見ている、と声をかけて下さったので恐縮した。

 女冒険者には申し訳ないが、時間をかけるわけにはいかないから、今から長い旅に出るのだ、と説明して外へ出た。タロンギまでお願い、とKewellが言うので先導した。久しぶりに帰ったためか、どうも道の記憶があやふやである。一人なら川中を走ってもいいが、ガルカが無作法だと思われるのも嫌なので、こっそり地図を見ながら駆けた。タロンギからはKewellの後ろに、ただくっついて走るだけである。

 ブブリムを走るさい、私はバルクルムよりマウラ周辺の方が好きだ、という話をした。「なぜ」と問われた。砂漠には嫌な思い出がある、といったらKewellはすぐに合点をする。まことあそこは私にとって鬼門である。まあ私が未熟なせいだが、ここはひとつ、種族の記憶と結びついているのだ、ということにしておこう(注4)


 船旅は気楽なものである。これまでは。この時は違った。Kewellは甲板に出て釣りをしたがっている。船旅の釣りはモンスターがかかることが多く、注意が必要だ。彼女はそのモンスターに用事があるらしく、巨大ガニを釣り上げて叩きのめし、その戦利品が欲しいのだ、という。なるほど船旅は一度に100ギルかかるから高くつく。道中は暇なのだから、こういう機会こそ逃すべきではない。

 しかしこの時の船には人が多く、あちこちで釣り糸を垂れているため、巨大な魚やら、タコ、問題のカニやらがどんどん甲板に上がる。私は物陰から遠巻きに見ていたのだが、一番弱い人間を悟ってか、こいつらは空気の中で動き出すや、真っ先に私へとに攻撃をしかけてくる。そのつど周囲から手練れの冒険者が袋叩きにした。そのため生命の危険はなかったが、誰の釣った獲物だろうとおかまいなしのため、せっかくKewellがカニを打ち上げても、すぐさま誰かに切りつけられて昇天してしまうのだった。


 彼女は声を出してくやしがっていた。私が出来ることは何もない。攻撃を受けるだけというのもしゃくなので、セルビナにつくまでおとなしく船倉の方に隠れていることにした。

 セルビナからバストゥークへの旅は順調だった。ゴブリン・ティンクラーに追いかけられている冒険者を救うため、Kewellが挑発に走っていってしまったのには驚いたが。幸い私の身に大事が及ぶことなく、安全にバストゥークの門まで帰りつくことができた。

 ここは彼女の祖国ではあるが、いま特に用事があるわけではなく、すぐさま出発するという。私のためにわざわざ寄り道をしてくれたのだ。私は最大限の感謝を込めて、ウィンダス式の敬礼を贈ったあと、モグハウスへと身を退けて鎧の紐を外した。


注1
 天晶暦はヴァナ・ディールの公的な暦です。ゲーム開始時はクリスタル戦争の20年後という設定なのですが、ご存じのようにゲーム内では1時間で1日が過ぎるので、ヴァナ・ディール時間もどんどんどんどん年月を重ねており、遅れて始めたプレーヤーにはストーリー面でつじつまが合わなくなっています。ただしゲームの進行上には何の問題もありませんが……。

注2
 水の区の北門は西サルタバルタへ通じるから、タロンギ方面へ抜けていくには遠回りになりますが、Kewellが港(水の区南)にある領事館に寄っているさい、上記の二次会の会場を待ち合わせ場所にしたので、自然と一番近い門から外へ出ることになったのです。

注3
 どうも海外のプレーヤーだったようですが……?

注4
 ガルカは600年前、大陸のアルテパ砂漠(クォン大陸南西ゼプウェル島内)に王国を築いていましたが、蟻獣人に滅ぼされてのち流浪の民となりました。Kiltrogの「種族の記憶」とはこのことを指します。ガルカ残党の大部分は周辺諸島へ逃れ、そこに根を下ろしましたが、一部がクォン大陸南部でヒュームと手を組み、のちにバストゥーク共和国を建国することになりました。


(02.07.30)
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