その40

キルトログ、灯台に怪物を誘い出す
南グスタベルグ(South Gustaberg)
 バストゥークの南方に広がる岩山。
 地下は鉱物資源の宝庫で、ヒューム族やクゥダフ族が掘り進めた坑道がアリの巣のように山内に張り巡らされている。
 東の方は眼下にバストア海を望む断崖となっており、モルヒュン灯台が周辺を航行する船や飛空挺の目印となっている。
(ヴァナ・ディール観光ガイドより)
 商業区の魔法屋の裏に、小金持ちの老ヒュームが住んでいる。その人に頼まれていた厄介ごとをこのたび無事片付けることができた。

 翁の話では、倉庫から自分の荷物を運搬していた時、人夫がモンスターに襲われ、持っているものを全部放り出して逃げてきてしまったのだという。これを取り返すのが仕事の内容である。だが厄介なことに、私の前に請け負った冒険者が、怪物を手負いの状態のまま逃してしまった。それ以来きゃつは慎重になってよほどのことがない限り姿を見せない。したがって何か策をもってこいつをおびき出さなくてはならない。

 それにしても世の中にはいろんな知識を持った人間がいるようで、
ダルザックというガルカの冒険者なら、怪物を誘い出す特別な方法を知っているらしい。それなら話ははやい。このガルカを探し出して話を聞くのみである。私は何故か彼が留守かもしれぬとはこれっぽっちも疑っていなかった。その可能性に思い至ったのは、さんざんっぱらバストゥーク内を歩き回ったあとである。もし彼がジュノ辺りにいたならもう取り返しはつかない。そうだとするとこの老人に荷物を手渡すのは、最悪の場合シャクラミの迷宮を抜け出てよりあと、というひどいことになるかもしれないのだ。


 結局私はダルザックを見つけられなかったが、彼が養っているガルカの子どもに会うことができた(注1)。うまいことにこの子はその方法を聞いたことがあって、
キュスという魚を灯台の裏に置けばいい、と親切にも教えてくれた。

 ところで私は釣りを趣味としない人間であるので、この魚を手に入れるのには骨が折れた。バストゥークには
漁師ギルドがない。ウィンダスにいるうちに修行しておけばよかったものだが、反省しても仕方がない。しょうがないから300ギルを出してバザーで買った。これは夏祭りに帰省する前の話だが、もう少し待っていたらKewellからキュスをおすそ分けして貰えたのだ。結果論ではあるが、何とも金運の悪い男である。


 問題の灯台というのは南グスタベルグにある。北と同じように小さな山――丘――がそびえているが、東に少し行くと断崖に出て海を一望できる。岩先に立つと足元へ吸い込まれそうだ。遠い水平線の先には私の祖国ウィンダスがある。何度も行き来して忘れがちになっているが、私はあの緑と水とタルタルとミスラの国から、思えばあまりに遠く離れて、見知る人のいないなか孤軍奮闘をしているのだ。

 時に寂しくもあるが、後悔はしていない。現に私はウィンダスの空気を吸いながら、わざわざここまで戻ってきたではないか……。

 少し南に行って灯台を訪ねてみた。

 この建物は大きな入り口をあけているが、奥のリフトが壊れたままで上にあがることができない。稼動中に何か事故を起こしたのだろう、エレベーターの入り口を2等分するかのように、真ん中できれいに止まってしまっている。下半分からはリフトのからくりが覗ける。無理をすれば中に潜り込めないことはなかろうが、入ったところで機械は作動しないのだから、無駄だ。手前に大きなレバーのようなものがある。あるいはこれを引けば、と思ったものの、さび付いていてとても動かせそうにないから諦めた。どのみち私が用事があるのは上階ではないのである。

 灯台の裏で手ごろな場所を探しているあいだ、夕刻を通り過ぎた。見上げると窓は確かに光っている。だが手製の松明の明かりのようにか細く、たよりない。リフトが壊れているから燃料を継ぎ足すことができないのだろうか。だとしたらなぜリフトを修理しないのだろう。直せない事情があるか、直す必要がないからか、異郷の人間である私には、詳しいことはわかりかねた。

灯台 灯台にはほんのりと明かりが……

 一見したところではわかりにくいが、裏の草むらのかげに、確かにモンスターの通った痕跡が認められた。私はキュスを置き、物陰に隠れてしばらく様子を見ることにした。

 不細工な大蟹が現れた。

 見かけからすると楽に勝てるレベルだ。問題のモンスターにしては、やけに好戦的に攻撃をしかけてきた。臆病になっていたはずなのだが、たぶんキュスだけには我を忘れるほど目がないのに違いない。ダルザックは何らかの方法でこの蟹の習性に気づいたものとみえる。

 この
バブリー・バーニーは、ビッグ・シザーなどという特殊な技を仕掛けてきたりして、思ったよりやっつけるのに骨が折れた。蟹が落としたのは蒸気時計だった。依頼人はのちに400ギルの大金をもって私の労を報いた。「トケイ」とは日時を正確に知るための道具であり、技術革新の粋を集めたいかにもバストゥークらしい品物である。冒険者もおしなべて時計を持っており、曜日と時間はすぐに知れる。ただ好きな時に寝、好きな時に起きるのが冒険者の信条であるから、時間を気にすることは稀である。ギルドの店が時間外で閉まるのを以て、市井のサイクルとの違いを思い知るとき以外は、時が刻々と流れている事実すら忘却していることも別に珍しくない。


 余談だが、灯台から更に南へ下ると、崖上に小さな石碑を見つけることができる。そこには、祖国の地を深く愛し、あえて祖国から飛び出した船乗りの固い決意が刻まれている。その巣立ちから百数十年後、ヴァナ・ディールの大半が焦土となり、復興とともに冒険者という人種が台頭し、人々が徒歩で大陸を行き来する時代が来るなど、彼は夢にも思わなかったに違いない。

 私は、40年以上船乗りとして生きてきたが、未だ、この世界をおぼろげにしか理解していない。街や村で生活している者は、なおさらだろう。

 自分の身の周りのことだけに興味を持ち、生きていくのは、多くの場合、安全だし幸福だ。好奇心の強い者は、危険に陥りやすいからだ。

 しかし、私は遭難の末に、偶然拾った残りの人生を、この衰えぬ好奇心に使おうと思いたった。大それたことだが、このヴァナ・ディール世界の形を、知りたくなったのだ。

 私はその記念すべき第一歩の足跡を、愛する故郷バストゥークを一望できる丘に残すことにした。いつの日か、多くの人々に役立つ筈、との使命感とゆるぎなき決意を胸に秘めつつ、ここに記す。

 天晶748年 グィンアム・アイアンハート


 船乗りははたして、海の向こうにウィンダスを見出しただろうか。

注1
 ガルカの子どもはただの居候、留守番であって、ダルザックの子ではありません。そもそもガルカには雌雄がないので、夫婦、親子、兄弟という関係は存在しません。ガルカ社会には家族という概念はないのです。もっともガルカ社会が子どもを扶養するシステムとして、「家族」に似た別の社会構成単位を持っている可能性は充分考えられます。 


(02.08.02)
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