その202

キルトログ、剣に誓いをする

「とてもいいパーティに入ったんですよ!」

 Leeshaの声は弾んでいた。そういえば、彼女の白魔道士のレベルが、私に追いついているばかりか、細かい経験を引き比べると、僅かに上回ってさえいるのである。

 私たちはジュノ上層で再開した。私は小さな用事を済ませて、サンドリアから帰京したところだった。Leeshaは昼間、SenkuやSif、Librossと話したらしい。この頃には、既に私たちは、婚約発表を済ませており、伝言というかたちでたくさんの祝福を貰っていたが、直接に友人たちから、おめでとうと言われたことはなかった。私は彼らに、私たちの口から、ことのなりゆきを説明する場が欲しかったのだが、Leeshaの活動がわずかに早かったこともあって、まずは彼女にお祝いが集中したらしいのだった。

 人が大勢通るので、私たちは道の脇に避け、樽や小物が乱雑に重ねてある場所に、並んで腰を下ろした。ここにいれば、目の前を友人が通ってもすぐ判るわけだ。さて、私が結婚式の話をしようと思って、いずまいを正したところ、Leeshaが突然に切り出した。

「Librossさんに付添人をお願い出来ないでしょうか?」

 私は頷いた。それこそまさに、私が今、彼女に提案しようと思っていたことだったのだ。

 付添人は重要である。書類の準備という面倒な手続きを踏むのみならず、申請が受理されれば、あらゆる雑事をこなさなくてはならない。例えば、当局とこまごまとしたやり取りをするのは付添人であるし、式当日、花嫁をエスコートして入場するのも付添人である。従って、誰でもよいというものではなく、まずは私たち二人の共通の知人であり、新婦の手を預けられるほど、親しい人物でなければならぬ。いろいろ条件を考えていくと、真っ先に挙がるのはLibrossである。彼は真面目で責任感も強い。引き受けてくれるかどうかは、事情をきかねばなるまいが、彼に頼んで間違いはあるまい、というのが、私たち二人の一致した意見だった。

 そのLibrossが、サンドリアから帰ってきて、私たちの前に姿を現した。傍らにはApricotがいた。私たちは彼らの祝辞を喜んで受け取り、皆で車座になって腰を下ろした。そのうちに、Sifが訪れ、Steelbearが加わった。ジュノの夜は順調に更けていくが、私たちの周りは、だんだん人間が増えてにぎやかになり、話すことがいろいろとあるので、笑い声の絶えることがないのだった。


友人たちの祝福を受ける

 私はガルカという、何だか浮世離れした種族に生まれながら、結婚を決めたことに関して、少なからず同族の目を――どのように受け止められるだろうということを――気にしていた。しかしSteelbearは、手記を見る限りでは、納得出来る成り行きである、と理解を示してくれたので、まあそんなふうに思わない人もいるだろうけれども、私はひとまず胸を撫で下ろすことが出来たのだった。

 友人たちはみな祝賀モードに入っていたが、今回の私たちの「事件」に関して、個々人で対応が異なっているのが面白かった。とりわけApricotは、鋭い視点を持っていて、他の人とは見るところが違っていたのである。これは彼女が女性であり、好奇心の高いタルタルであることも関係しているのだろう。思えば私が、Leeshaに結婚を申し込んだと知ったとき、彼女は「とうとうプロポーズなのですね」と言ったのだった。それはApricotが、いつかこの二人はこういうかたちに落ち着くだろう、と考えていたことを意味する。ところが実際には、思いがけない求婚に、新婦は絶句したのだし、言いだしっぺの新郎すら、自分のたどりついた結論に驚き、困惑していた。だとすると、真実を最も的確に見抜いていたのは、Apricotただ一人ということになるのだ。


 二人の成り行きはすべて私の言葉で説明されたので、例えば私がつい「Leeshaの美しいうなじ」などと書いたことなどは、皆にさんざん冷やかされ、からかわれる始末だった。だからと言って、いたって真面目に「美しく優しく、料理のうまい奥さんを貰うことになって、自分は幸せです」などと発言すると、今度は照れた当のLeeshaから、下腹にパンチがとんできた。Librossも面白がって、モンクとして積んだ経験をいかし、打ち込むときに拳をひねれば、ダメージが大きいですよ、などと、Leeshaに余計なことを吹き込んでいる。ただでさえ彼女に頭が上がらないというのに。どうせならそんな技術は私に教えてほしいくらいのものである。

 さて、私はLibrossに、先刻話した付添人の件を頼んでみた。Sifがけげんな顔をして、公式の結婚式を受けるつもりなのですか、と言う。その発言の真意は、Librossの言葉で明らかになった。ウェディング・サポートには恐ろしいくらい多数の予約が殺到していて、3ヶ月先までほとんど埋まっており、事実上申請が受理される見込みは薄いだろうというのだ。私たちはショックを受けた。噂には聞いていたが、なかなか身近で結婚式の話を耳にしないものだから、やはり何処か軽々しく考えていたのだ。それで、私たちはLibrossに、受理されなかったらそれはそれで諦めるしかないが、とりあえず付添人として、申し込むだけは申し込んで貰えまいか、と頼んだ。彼が快諾したので、この話はひとまず決着がついた。私たちは互いの気持ちを確認した。リンクシェルも身に着けている。その上友人たちに祝って貰って、既に十分満足である。儀式に過ぎない結婚式など本来なくてもよいのだが、可能性が残っているからには、二人ともまだ諦めたくはないのだった。



 気づいたら真夜中になっていた。眠くなったから、と言ってApricotがモグハウスへ帰っていった。私はこんな時間まで引き止めた非礼を詫びて、場の解散を告げようとした。ところがLibrossが、私たち二人に贈り物がある、といって引き止める。遠くまで何かを取りに行ってきたらしい、ということは、私も知っていたが、具体的な品物については詮索していなかった。そもそも友人が祝いのプレゼントをくれるという事実だけで、既に十分ではないか。

 Librossは贈る言葉もあるのだ、と言って、落ち着かなげだった。今手渡そうかどうか迷っているというのだ。やがて彼は意を決し、咳払いをして、私たち二人に正対した。彼はすらりとした長身のエルヴァーンであるから、そんなふうに畏まると、いかにも場の空気が引き締るように思う。「朝日というのもいいシチュエーションだな」とLibrossは独り言を言った。顔を上げたら、確かに東の空はもう赤々と輝き始めているのだった。

コーネリアはモンクでした……」

 周囲の喧騒を押しのけるように、彼は話し出した。近くでタルタルの一団が騒いでおり、声がここまで漏れ聞こえていた。

「彼女は自身の兄の仇を討つべく、拳を振るっていたというのです」

 一団がどっと沸いた。彼はいかにもやりにくそうに、後ろをちらちらと気にしていた。

「見事仇討ちを果たした彼女は、言いようもない虚しさに襲われました……」

 Steelbearが席を外し、歩いていった。

「彼女の師でもあり、僕の間接的な師でもある、
オグビィの話なんですけどね」


 タルタルたちが静かになった。はっ、とLeeshaが顔を上げ、あの方ですか、とつぶやいた。Librossは答えなかったが、彼の口調は、だんだんと滑らかになっていった。

「失うものがない者は強い――人はよくそう言います。しかし、それは幻想ですね。失うものがない、それは裏を返せば、守るべきものがないということ。守るべきものがあるということ、それはあなたが強いということです」

 Librossは剣の柄に手をやり、鞘ごと武器をはずして、私の前に差し出した。

「Kiltrog……あなたの剣は、僕の拳より強い。この剣に誓って貰いたい、あなたの守るべきものを」

 私は言われるままに剣を抜いた。それは見事な得物で、朝日を浴びたしろがねの刃が、きらきらと輝いていた。業物のホーリーソードだった。

「何かを失うために戦うことはしないと誓って下さい。そうすれば、あなたの剣は、あなたを裏切らない。
 ……こちらは、Leeshaさんに」

 Leeshaが再び息を飲むのが判ったが、彼が彼女に何を手渡したのかは、こちらからは陰になっていて見えなかった。

「太陽であれと思うと同時に、僕は女性に月を見出したりします。それは僕が「月」に、「包み込むもの」を感じるからなのですが……」


 最後にLibrossは「祝福を!」と叫び、右手を高々とかざした。私たちの身体が、暖かいホーリーサークルの光に包まれた。それはナイトのジョブアビリティで、本来は不浄の生物から身を守るためのものだが、サンドリア人の彼は敢えて、私たちに女神の光を届けるために使ったのだった。


 私は手を叩き、Librossにありがとうと言った。彼は少し照れているようだった。私としては、このような見事な言葉をただ貰っているわけにはいかぬ。私は再びずらりと剣を抜いた。皆が驚きのていだったのは、私がLibrossの言葉を受けて、すぐさま口上を始めようとは、まさか思ってもみなかったからだろう。

「私は誓う……」

 刀身を見つめながら、私は努めて朗々と宣言した。

「私は誓う。私の剣は、我が妻Leeshaのためにあり、彼女の幸福に捧げるものである。

 女神よ、友よ、しかと聞かれよ。

 もし私が、今の誓いに、一度でも背いたときには、御身の剣で、いつなりとぞ、我が命を取られるがよい」

 私はLeeshaに跪き、剣を鞘にしまった。呆気に取られている一同に言った。「皆さんが証人です。どうか未熟な私たちに、これからも力をお貸し下され」我々は解散し、黄色い太陽に目を細めながら、めいめいモグハウスへと向かった。立ち去る私の後ろで、Sifが呟くのが聞こえた。私は苦笑した。
「しっかし、にくいことするもんだなあ……」


 モグハウスの前で、私はLeeshaにお休みを言った。だが手を振っても、彼女は立ち去ろうとはしない。私の顔をじっと見つめて立っている。そのいつにない真剣な様子に、私はすっかり面食らってしまった。

「私には、ムーンアミュレットを下さいました」

 Librossが、彼女に与えたプレゼントのことだった。

「月のように、私はあなたとともにあるでしょう」

 Leeshaの言葉に、どう答えたらいいか判らなくて、私は彼女の瞳を見つめたまま、立ち尽くしていた。沈黙が続いた。すると、突然Leeshaは「こんなふうに!」と叫んで、私の周囲をぐるぐると、衛星のように駆け回り始めた。私は腹を抱えて笑った。こちらの方がいかにも、いつものLeeshaらしいではないか。

 それではと、彼女が息を切らせながら、さよならを告げようとしたところを、今度は私が呼び止めた。「Leeshaさん」と言う。彼女が振り返った。何を告げるべきかいろいろ悩んだすえ、こんなふうに言った。

「私たちはお互いのことを、あまり知っているとは言えないけれど」

「……」

「幸せに、なりましょうね」


「はい!」と彼女が力強く答えた。まだ言いたいことがあった。しかし、余計に言葉を重ねることは、思いを薄めることになる気がした。Leeshaがモグハウスに消えた。腰に下がった聖剣の感触を確かめてから、私もすぐさま、彼女の後を追った。


(03.11.27)
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