その214

キルトログ、恋の歌碑を探す(1)

 人が混み合う大公国においても、とりわけひどいのがジュノ下層である。競売所の前はまるで戦争だ。押され、へされながら、人ごみをかき分け、いざ窓口へ到達したとしても、立っているスペースさえ満足にない。思うに、下手にモンスターと戦うよりも、この場所で圧死に耐えていた方が、よほど鍛錬になるのではあるまいか。

 私は、競売所の隣にある『陽気な詩人』亭という酒場へ避難した。ステージの上で、ミスラの詩人が竪琴を鳴らしている。中は狭く、客は数えるほどしかいない。一般に冒険者は酒をたしなまない。ここのドアを開けるのは、詮索好きで無遠慮な冒険者か、私のように人ごみを避けてきた者だ。それでもたいていはすぐに出ていく。また新顔が姿を見せ、去る。扉だけがばたんばたんと忙しい。表から冒険者の声が漏れてくる。音楽なぞ満足に聞けやしない。

 カウンターで肘をついていたエルヴァーンが、私に目配せをした。奥にいるヒュームの男を指差す。
「やつ、失恋して、歌えなくなっちまったんだ」
 では彼は詩人というわけか。エルヴァーンは続けた。誰もが一度はぶつかる壁なんだ。自分自身で乗り越えないとな。

 だが本人は、まだ落ち着いていないようだった。前髪が立ち、肌も桃色をしていて、思ったより随分と若かった。「ちくしょう……
マリーベル!」というのは、女の名前か。しまいには愚痴るだけでは飽き足らなくて、私に言いがかりをつけてきた。何だ、文句でもあるのか。どうせ俺には、美しい詩や曲など無縁なんだ。恋だの愛だの馬鹿馬鹿しい! あんなものは、人生におけるハシカみたいなもんだ。そうだろう?

 私は黙っていた。妻のいることが知れたら、余計荒れそうだった。酒をがぶがぶと煽った男は、ぐったりと机にうつぶしてしまった。「陽気な詩人」が聞いて呆れる。


荒れる吟遊詩人

 カウンターにいる、化粧のあついおかみと話した。男はメルデールというらしい。マリーベルについて尋ねてみたら、物憂げな調子でぜんぜん別の話を始めた。
「あんた知ってる……ブブリム半島の歌碑……」

 いいや、と首を振ると、女は遠い目をした。

「いい歌よ。決して上手じゃないんだけど……詠んだ人の気持ちが痛いほどよくわかるの。ホントに切ないのよ。アアあたしも、あれほど誰かに想われてみたいわね。
 きっと人が信じられなくなったり、恋の痛手で嘆き悲しんでいる人も、あれを読めば、少しは癒されるんじゃないかしら」


 おかみはじっと私を見つめた。尻がかゆい。冒険者になると、こういう遠まわしな物言いに敏感になる。要は現地へ行って、テーブルの飲んだくれを救ってやって、と言ってるのだ。何故って? あんた冒険者じゃないの。

 私はやれやれ、と腰を上げた。今日はLeeshaがいないので、一人でのんびりしようと思っていたのに。幸い、ブブリムまではそれほど時間がかからない。手早く用事を終わらせて、戻ってくることにしよう。


(03.12.20)
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