その215

キルトログ、恋の歌碑を探す(2)

 ジュノ港でチョコボを借り、ソロムグ原野に出た。南下しながらブブリム半島のことを考える。グィンハム・アイアンハートの石碑なら知っている。歌碑というからには、歌が書かれているのだろうが、そんなものがあったろうか。バルクルム砂丘でなら、隠し海岸に行ったとき、アイアンハートのものとは違う、石づくりのモニュメントを見た記憶があるのだが。

 砂丘と同じく、それは海岸で見つかった。南の砂浜に岬が突き出ており、波打ち際まで下ると、横腹に洞窟が開いていた。隣の浜はこじんまりとしていて、蟹や魚が戯れている。人影はない。丈の低い三角の石碑が、半分砂に埋もれていた。傍らに色とりどりの花が咲き乱れているせいで、余計に目立たない。ただの岩かと思ってしまったほどだ。

 碑文を覗き込んだ。ずいぶん小さな字で刻まれている。目を細めていると、私の背後から影が差してきた。
「おや、珍しい。人がいるなんて」
 は、と振り返った。男が立っていた。やせていて色が黒く、背が高い。白いフードに隠されて、顔は見えづらかったが、陰から除く唇は肉が厚かった。

「失礼、私は街の安酒場を歌い歩いて、その日のパンと水にありついている者」
 男はエルヴァーンか。ヒュームかもしれない。耳が見えないので判然としない。
「街道を通るたびここに寄っているが、他にも同好の士がいるとは喜ばしいことです」

 吟遊詩人というだけあって、男は饒舌だった。
「ううん、いつ見ても素晴らしい歌だ!」
と言って、私と入れ替わるように、石碑の前に立った。


ブブリム半島歌碑

「遠く海を隔て、見知らぬ浜で同じ波の音を聞いているかもしれない、恋人への想い。それが肌に感じられるようだ! こうして想いは残るのだ。それが例え、儚く散った夢や、成就できなかった恋心だとしても。
 そういう幻で消え去ってしまいそうな想いに、かたちを与え、人に伝えていくのが、私たち吟遊詩人の仕事……」

 想いを伝えるというのは大変なことだ。人類は、感情を感情で伝達する術を知らぬ。言葉はその代替物に過ぎない。ひとたび文字となり、音となったときに、感情そのものは死んでしまう。だがときに新しい命の生まれることがある。それは文字には宿らない。音にも宿らない。何故なら、同じ文字、同じ音に、同じ命の宿ることはないからである。詩人は、そのとらえどころのない新しい息吹を歌う。彼らが言葉を使うのは、言葉が不完全だからこそである。言葉は彼らの楽器であり、詩とは彼らのインプロビゼーションなのだ。

「もちろん、夢や想いを捉えるのは難しい。しかし、自分でも信じられないくらいの手ごたえとともに、素晴らしい作品が誕生することもある。そういう瞬間を求めて、私たちは歌い続けるのです……」 


「この歌を読むと」と、男は石碑を指差してみせた。
「これを歌わずにはいられなかった詠み人の気持ちが、切ないほど伝わってきませんか。たとえ月日の生活の中で歌を忘れた人でも、この歌碑の前に立てば、再びその心が揺さぶられるでしょう」


 私が黙っているのを見て、男は喋りすぎたと思ったらしい。彼は頭を下げて、邪魔をした無礼を詫び、縁があれば、何処かの酒場でお会いできるでしょう、と言って、去っていった。私は再び一人になった。

 さてこの歌を、恋に破れた吟遊詩人に届けねばならぬ。粘土を取り出そうとして、はっと気づいた。粘土はグィンハム・アイアンハートの碑文を集めるため、セルビナ町長から預かったものだ。彼の承諾があるならともかく、勝手に他ごとに使うわけにはいかぬ。

 面倒だが、書き写すのが一番よいだろう。だが手持ちの紙がない。ウィンダスの競売所に羊皮紙は売ってないだろうか。少し遠いが、歩くしかないな! それにしてもとんだ休日になったものだ……。

(03.12.22)
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