その217

キルトログ、恋の歌碑を探す(4)

 私は、バルクルム砂丘の歌碑の前に立っていた。

 傍らに男がいた。フードの男ではなく、若いメルデールである。ここで鉢合わせたのだった。酒場にいたあの人の言葉が気になって、来てしまったという。男が去ったあとも、メルデールはしきりに、何処かで見たことがある奴だ、とつぶやいていた。

「あの人は、もしかすると……」

 男が現れた。私は肩をすくめた。こうして示し合わせたようにその場へ居合わせるのも、彼の才能だろう。歩いた後には詩が残る、と言われる実力は伊達ではないのだ。

「待っていたよメルデール。君がここへ来るのを」

バルクルム砂丘歌碑

「あなたは、伝説のルーウェンハート氏でしょう」

 メルデールが詰め寄るのを、男は片手をあげて制した。

「伝説なんかにしないでくれよ。私も君と同じ、詩人の端くれさ」

「俺は子供のころ、あなたの歌を街頭で聞いたんです」

 メルデールの言葉に熱がこもった。

「そうして、世の中にはこんなに心を動かすものがあると知って、詩人を志したんです。今では、歌えなくなってしまったが……。あなたのように、人の心を動かすなんて出来やしない」

 私だって、歌えなくなるときくらいあるさ。ルーウェンハートはうっそりと言った。何のために、誰のために歌っているのか、判らなくなることがある。そんなふうに迷ったら、こうして歌碑の前に立ち、詠み人たちが残した想いを、心中で奏でてみるのさ。そうするだけで、私たちのしていることが無駄ではないと思えるんだ。

「海を離れて遠く離れた場所にいる、愛する者への想い。それはきっと、海をさすらい、その人のもとへと届いたことだろう……」

 ルーウェンハートは沖に目をやった。私はふと、彼自身もそんな悲恋の持ち主なのだろうか、と思った。


 ジュノの競売所前でLeeshaに会った。念のため羊皮紙をもう一枚、バルクルム砂丘に持参していったのだが、メルデールが自分を取り戻したので、もはや不要になってしまった。


「まず君が自分の心を動かすことだ」
 ルーウェンハートの言葉が、私の中にも響いていた。
「それを忘れてはいけない。きっと君も何か、とてもつらいことがあったのだろう。今の自分の心と、真剣に対話してみなさい。それは必ず歌へと生まれ変わるから」

 あなたにも詩人の想いが伝わったでしょう、その気があったら、いつでも我々の仲間に歓迎しますよ。ルーウェンハートは去り際に私の肩をたたいた。やわらかい手の感触がまだ残っていた。琴と笛、あるいは歌でもいい。音痴なのはともかくとして、やろうとしたら、すぐにでも始められることだ。


「さて、ちゃっちゃとバルクルム砂丘へ行ってきましょうか」

 Leeshaが肩を回した。ブブリム半島で歌を写していたとき、彼女は傍らにいたので、一部始終を知っているのだった。

 いや、一人で行ってきたよ。そういうと、彼女は目を丸くした。何だか不満そうだったのは、手伝うつもりでいたのに、と軽く失望したからだろう。私は苦笑した。一人ででかけた本当の理由を、彼女には言えなかった。きっと判っていただけると思うが……

 恋のクエストなんて、私には何だか照れくさかったのだ。


(03.12.27)
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