その227

キルトログ、星の神子に謁見する(2)

「失礼ながら、辞退させて頂きます。ご容赦下さいませ」 

 ウィンダスの最高責任者「星の神子」を前にして、私はジュノ大使館員の椅子を蹴った。本当に失礼であることは自覚している。その上で、自分は敢えてそう答えたのである。

「無礼者!」
 人形のように立っていたセミ・ラフィーナが、さっと血色を変えて、私の方へ進み出た。
「星の神子さまのご意見は、暁の女神さまのご意志、それに口ごたえをするなぞとは……」

「よいのです、セミ・ラフィーナ」

 神子さまは動じられた気配がない。タルタルはふつう喜怒哀楽をストレートに表面に出すものだが。巫女という立場に対する、無垢な印象は改めなければならぬ。他の人間にはどう見えているかわからないが、少なくとも私は――目の前の小柄な女性は、見かけよりもずっとしたたかなのかもしれない、と思い始めていた。

「断るのも、もっともなことです。ジュノ大使館員という仕事には、義務と責務が伴います……」

 神子さまは、にっこりと微笑まれた。
 
「あなたには自由の星が宿っている。それが奪われるとご心配なのでしょう?」

 彼女はじっと私を見ている。視線をそらそうとはしない。


 神子さまの言われる理由もある。しかし、自分が素直に従わなかったのは、この話の先に、陥穽が待っているような気がしたからである。本能的危機感とでも言おうか。

 私は今、ウィンダスから禄を貰っている。生国ではないが、ここで修行をし、経験を重ねた。連邦に対する愛着はひとかたならぬものがある。

 ところが、私は冒険者である。クリスタル戦争後に生まれた、新時代の象徴である。人類史に鋭い傷跡を残した、あの長く陰惨な戦いは、伝統的封建社会を崩壊させた。その後に吹き荒れたのは、個人主義の風。三国間でコンクエスト協定が成立したという事実は、「冒険者」という存在が、時代の仇花で終わらなかったことを意味している。戦争で世界の距離が縮まらなければ、市井の人間が「冒険者」を名乗って、個人で世界を巡ることは、殆ど不可能だったに違いないからだ。

 自分の面倒は自分で見なければならぬ。個人主義とはそういうものである。確かに我々は三国に所属しているが、所詮コンクエスト政策は「国家」と「個人」の折衷案に過ぎない。冒険者には国を選ぶ権利がある。金銭を払って移籍することも出来る。我々は国家に所属しながら、同時にそこから切り離されている。傭兵と同じだと考えればよい。

 従って、忠誠の意味も自ずから変わってくる。一つの国に特別の愛着を覚えるのは結構だが、盲信するわけにはいかない。少なくとも客観的に、自分の立ち位置くらいは見つめていたい。最終的にツケを払うのはすべて自分ではないか……。


 現在では政治犯として追われつつあるアジド・マルジド。彼に関係してから、私は少しづつ、ただの冒険者から逸脱してきたと思う。ミッションを重ねた今、国家機密まで有している。

 コントロールが利くうちに、深入りを阻止できれば、というのが、本音だった。冒険者の勘である――ウィンダスの影に、積極的に関わるのは危険だ。

「あなたが、役職を厭う気持ちはわかります」

 「星の神子」は目をそらさない。考えが見透かされているように感じて、手のひらに汗がにじむ。そのように真っ直ぐ見つめられると、「自分はもしかして、重職に就く責任から逃げているだけなのではないか」という気がしてきて、罪悪感がつのる。それは「星の神子」の策略なのかもしれぬ。もしそうだとしたら、彼女は本当にしたたかである。


「あなたは、正義と平和を愛しているはず」
「……」
「愛しているでしょう?」
「……はい」
「私の決意は翻りません。Kiltrog」
「……はい」
「星の神子の名において、あなたをジュノ大使館員に任命します」

 有無を言わさぬ口調である。それは命令だった。
 敗北感に打ちひしがれながら、私は頭を垂れた。

「準備が出来ましたら、ジュノへ向かって下さいね。大使館はいつでもあなたを歓迎しますから」
「仰せのままに」

 彼女はにこにこと笑いながら、言った。
「星の巡りとは、そういうものですよ、Kiltrog」

 どうやら私には、毒を食い、皿まで食うことしか、道は残されていないらしい。


(04.02.03)
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