その242

キルトログ、夜光花を探す

 私がジュノ下層の民家を訪れたときの話である。ノックの音に答えたのは、坊主頭に藍色の刺青が生々しい、ヒュームの獣使いだった。

「何だ…………あんたか」

 誰かと思えば、私が手なずけたチョコボの、元の持ち主なのだった(その105参照)。彼――ディートムントは、ドアの隙間から顔を突き出しながら、しきりに後ろを気にしている。部屋の中からは、うんうん唸る声がかすかに洩れ聞こえる。

 悪いな……いま、息子が病気なんだ。風邪を貰ってきてな。熱さましの薬をやりたいんだが、看病で手が離せないんだ。

「ううん……お父さん……」

 坊ず。大丈夫だ。父ちゃんここにいるぞ。

 あんた、悪いが、取ってきちゃくれないか。クフィム島に、夜しか咲かない花があるんだが、その根っ子が、熱さましによく効くんだって……。

 ……ありがてえ。本当にすまない。よろしく頼む!

 こうして私は、Steelbearとクフィム島まで出かけていったのである。


 クフィムの空は相変わらず灰色である。白夜には美しいオーロラが、カーテンのようにたなびくそうなのだが、私はまだ見ていない。この曇り空では、今日も願いを叶えるのは難しそうだ。

 南の岸壁から下る道を見つけた。坂道の先は霞で朦朧としている。道を辿ると、押し寄せる荒々しい波が、岸にぶつかって砕け、しぶきとなって舞い上がっているのだった。湯気に見えるほどもうもうと漂っているのは、水温の方が高いせいである。それでも、蒸気はぴりぴりと肌に刺さるほどの冷たさだ。戯れに波に踏み込んでみて後悔した――ブーツの中の足が、みるみるうちに感覚をなくしていく。

 私は大あわてで岸に這い上がった。

 
砕け散る波

 視線を転じると、岸壁のたもとが、紅玉色に輝いているのがわかった。何かの植物が群生しているようである。時刻は夜の11時。獣使いが探していたのは間違いなくこれであろう。

 ただし問題があった。巨大な軟体動物――イカに見える――が、夜の花畑の上に浮かび、触手を蠢かせているのであった。胴体の大きさだけで私の数倍はある。クラーケンだ! するとSteelbearが、あなたは花を調べなさいと言って、怪物を挑発し、坂を駆け上がってしまった。クラーケンは強敵だが、Steelbearはもっと強い。彼一人でも遅れを取ることはまずないだろう。

 私が夜光花に近寄り、手を伸ばそうとすると、坂の上からおおい、おおいと自分を呼ぶ声がした。Steelbearが早くも戻ってきたのだろうか? まさか。


クラーケン
夜光花

 勢いよく坂を駆け下りてきたのは、ディートムントだった。坊主が落ち着いたから、足跡をたどってきたんだ、と言い、息を整える。

「花はそれかい」といって、彼は妖しい輝きを見せる夜光花を見下ろす。さっそく根っ子を回収しようとするが、二人してはたと、それが簡単でないことに気づく。我々は地面を掘る道具を何も持っていない。土はかちかちに凍っているから、手で掘り返すことなど不可能である。もともと生命力の強いこの野草は、岩盤にしっかりと根を下ろしており、茎を引っ張ってもびくともしない。力まかせにやったら何とかなるかもしれないが、まず十中八、九、茎が途中からちぎれるだけであろう。

 こんなときチョコボがいれば!

 ディートムントは悔しがった。チョコボのくちばしは削岩機のように固い。ギサールの野菜を与えれば、喜び勇んで地面をつつく。妻はよくそうして「掘り出し物」を入手しているが、今こそそれが必要な時はない。何しろこの野草の下には、何よりも貴重なもの――子供の未来を救う宝が眠っているのだ。

 そのとき、空気を切り裂くような音が、静寂を破った。

 音は坂の上から聞こえた。「敵か!」とディートムントが身を固くする。続いて、凍った土を派手に踏み砕く足音が響く。その大きさはどうしたって人間ではない。何かもっと大きなモンスターのものだ。

 足音がだんだんと近づいてくる。私は両手斧の柄を握り締める。嗚呼それは、クラーケンに匹敵するような猛獣なのだろうか。


(04.03.28)
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