その243

キルトログ、獣使いの呼子を手に入れる

 敵の正体や如何、と身を固くした我々の前に姿を見せたのは、意外な生き物であった。

 雪あかりが差込むとはいえ、時は真夜中、洞窟には薄墨を流したような暗闇が広がり、ただ手元の花だけが、赤い宝石のような輝きを放っている。洞窟に飛び込んできた巨大動物は、私の倍ほどの背丈があった。奴の胸筋が眼前にあって、黄色い羽毛で覆われたそれが、大きく膨らんではまた萎んでいく。

 暗闇の中で動物がクエエと鳴いた。耳に馴染みのある声だった。先ほどは風の音に混じって奇妙に聞こえたらしい。

「お前は…」

 チョコボ!

「どうしてこんなところに…」

 ディートムントが後ずさった。チョコボはクフィムの島中を走ることはしない。この鳥は背中に立派な鞍を乗せ、鐙をぶら下げている。おそらくどこかの厩舎から逃げてきたものだろう。

 意外な動物の登場に私は驚いていたが、ディートムントの驚愕は、私のそれとは意味あいが違うようだった。鳥の胴体には、もう治癒して久しいものの、白く禿となって残ってしまった古い切り傷が、いたるところに見受けられる。そういえば何だか顔つきにも見覚えがある気がするのだ。

 これは、私が野草を与えたチョコボだ。ディートムントがもと飼育していて、虐待していたチョコボだ。


 チョコボは野菜をやりもせぬのに、夜光花の繁みに嘴を突っ込んで、地面をがりがりとこすり始めた。本格的な振動を始めると、凍った土の表層が剥げ落ちて、黒土の小さな噴煙が舞うのだった。夜光花の根っ子がたちまちあらわになる。

 ディートムントは目を剥いて、ぱちぱちと二度まばたきしてみせた。

 動物は驚くほど理知的になることがある。まるでこちらの考えを全部見通しているかのように。ディートムントが茎をずるずると引き抜くと、チョコボは腰を低くして、背中を彼の方へ向けた。何を意味しているのかは明らかだった。彼にはどうしてもチョコボが必要だった。花を掘るための嘴、息子のもとへ急ぐ足。「すまねえ、すまねえ」と何度も繰り返しながら、彼は鞍に跨った。

「じゃあ、俺は先に帰ってるから!」

 彼が一鞭くれる前にチョコボは走り出した。坂を上がると、怪物を片付けたSteelbearが、得物にこびりついた血を拭っているところだった。


 後日、ディートムントの家を覗きにいった。とんがり帽子を被った子供が出てきて、お父さんは留守ですよ、と言う。ガルカが尋ねてくるぞと聞いてでもいたのだろう、「あ、これを渡すように言われていました」と、紐のついた笛を差し出す。獣使いの呼子である。

「じゃあ、僕は約束に遅れますので、行ってきます!」

 子供は跳ね人形のように飛び出していく。私はその足で階段を上がり、上層のチョコボ厩舎へと向かった。ここで私の師匠であるブルータス氏が働いている。


 針金のようなむさくるしい髭と、でっぷりと突き出した腹。師匠は変わっていなかった。彼は莞爾と笑って、どうだい調子は、と私の肩を叩く。
 
「親方あ!」

 厩舎の方で叫び声がする。世話係の少年――私にとっては、兄弟子に当たるわけだが――が、近づいてくる人影を指差して、わめき散らしているのだった。その人物の頭はきれいに剃り上げられており、遠目からでも誰かすぐにわかった。

 ディートムントがチョコボに手を伸ばすと、少年は身を固くして、「こいつ、あんたのこと怖がってるんだよ!」と警告する。しかし鳥は、くるると喉を鳴らして、彼の掌に頭を擦り寄せる。かつては自分を叩き、痛めつけたその掌に。

 呆気にとられている兄弟子を見て、私はくっくっと笑った。

「お前、本当にありがとうな」

「おかげで坊ずは元気に走り回っているよ。なあ、俺はずっとお前にひどい仕打ちをしたのに、どうして助けてくれたんだ…?」

 チョコボは答えぬ。メノウのような瞳で、彼を見上げるばかりである。

「あんたも、俺なんかのためにすまなかったな」

 ディートムントが私に向かって頭を下げた。いやいや、と掌を振る。彼は師匠の方に向き直り、前回の非礼を丁寧に詫びた。申し訳ないけれど、もう暫くチョコボを預かっていて貰えまいか、と言う。自分は獣使いであるけれども、今あいつを飼う資格はない。もう一度修行をし直して、初心を取り戻したい。その時に引き取りに来たい。

 師匠は笑って快諾した。

 ディートムントは通りすがりざま、私の肩を叩く。「あんたもきっと、いい獣使いになれるはずだ、頑張れよ」と、激励の言葉を残して、階段を上って行ってしまう。師匠が私に囁く。

「なあ、賭けてもいいぜ。あいつはきっと迎えに来る」

 私は頷いた。獣使いでなくともわかる。その時はきっと、チョコボも喜んで彼の元へ帰ることだろう。


(04.03.29)
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