その246 キルトログ、本の汚れを落とす 某月某日、私は久しぶりに目の院を訪ねた。 目の院は水の区北方に建っており、一般的には魔法図書館として知られているが、本の貸し借りだけが仕事ではない。老朽化する文書の複製・保持、古文書の解読など、知識に関するすべての業務を担当している。何しろ現在の魔法体系は、古来から蓄積された知識に負うところ大であるから、ウィンダスも同部門にたくさん予算をつぎ込んでいる。それにしても、こういう施設をエリートに独占させず、一般にも開放しているのは偉い。連邦国民の教養の高さは、おそらく政府の良心的な公益意識に発しているのだろう。 水の区の広場から大階段を上ると、ふたごのように並んだ院の建物が出迎える。向かって東が図書館、西が研究所となっており、中では職員たちが見台をならべ、日夜魔法のペンでせっせと情報を書き記している。
古参の研究員ハリガ・オリガに会った。この人はいささか頼りなくて、前回単独で文書を解読できず、助手の女の子の出張先までメモをことづけさせたことがある(その11参照)。今度はいやに熱中していると思ったら、仕事に没頭しすぎて、私が後ろに立っても気づく様子がないのであった。先刻からぶつぶつ呟いているのは、どうやら清書している本の中身であるらしい。 「ウィンダスには膨大な数の書物が残されているが、歴史的に最も価値が高く、重大だとされている書物は『神々の書』である……」
「何だこの汚いよごれ!!」 ハリガ・オリガが突然叫んだので、私は飛び上がった。失礼して見台を覗き込むと、褐色の大きな染みが沼水のようにページを侵食している。かろうじて文字が書いてあるのが判る程度である。 「しかし! 慌てることはないのだよ」と、研究員は振り返って笑う。 「スライムオイルとシモカブがあれば、こんな汚れはキレイに落ちてしまうのさ……キミ、取ってきてくれるかい」 ハリガ・オリガは丁寧にも、スライムオイルというのは、オルデール鍾乳洞の敵が落とすらしいよ、と教えてくれた。しかし冒険者時代の行商は、品物を取りに行く手間を大幅に省いてくれる。ギル次第で。 私は2品を競売所で競り落とし、彼に届けた。 「シモカブにオイルをつけてね、こうするんだよ。ちょい、ちょい……ほら、こんなにきれいになった。 えー、神々の書の文字が写本せずとも消えない理由。 それはこの書が満月の泉の水で書かれているからである。 満月の泉に入ることが出来るのは、星の神子さまただお一人である。 ん、ということは……これを書いたのは……」 ハリガ・オリガの顔から、血の気がすうーっと引いていった。私は今だかつて、あれほど急速に誰かの顔色が青くなるのを見たことはない。 「ひゃあ、今気づいたけど……これって門外不出、写本禁止の禁書じゃないか!!」 見台から本がばさりと落ちた。彼はそれを拾って、呪い物にでも触るように、こわごわとほこりを払った。 「何でこんなところに禁書があるんだよ! それを大声で読んだってバレたら大変だあ! ……というわけで、キミ」 ハリガ・オリガは周囲を見渡すと、私のブーツの中に何かを押し込んだ。彼の身長では、袖の下にはとどかなかったのだ。 「これをあげるから黙っていてちょうだい」 それは、皮袋に入った2000ギルと、フェ・インの地図だった。フェ・インはフォルガンティ地方のいちエリアである。冒険者にとって、市販されてない地図ほどありがたい宝はない。賄賂に屈するわけではないが、とりたててご注進に及ぶこともなかろう。 私は金貨を財布にしまって、目の院の研究所を後にした。 (04.04.27)
|
SEO | [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送 | ||